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美術館・鉄道・お城・お相撲・お友達の話など趣味のブログです。
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例年11月の酉の日に行われる。昨夜が一の酉でした。関東が多いようですが鷲神社、大鳥神社などで行われる。テレビなどに取り上げられたりするのは浅草の鷲神社(おおとり)が一番有名で多くの人が訪れる。

 

我が家が行くのは普段は静かな大森の鷲神社にお参りに行く。今は商売も仕事もしていないので神社の小さな熊手を戴いている。

 

小さな神社ですが正月より人出がありアーケドの通りには屋台がびっしりと並んでいます。23日の二の酉も深夜まで賑やかな通りになります。冬の風物詩です。

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道を間違え東大の反対側に歩き霊雲寺という立派なお寺に出る。このお寺さんは5代将軍綱吉の祈願寺だそうです。


 

本郷と言えば東大です。その中でもっとも有名な前田家の赤門、そして安田講堂、大学と言うと銀杏の木ですがまだ紅葉は早い。私にとってはあまり関係のない大学ですが此処へ来ると赤門向かいの扇屋という和菓子屋が楽しみ、幾つか買って帰る。

 

そのまま北へ向かい途中赤い煉瓦に囲まれた東大の塀から弥生町を通る。此処には竹久夢二の美術館があるが夢二は人間として大嫌いで見ずに通る。坂を下り不忍池に出る。多くの人がいるがポケモンGOをやっている。

 

京成上野駅に出て前のアメ横に入る。凄い人並み、此処で百果園の箸に刺したパイナップルで久しぶり喉を潤す。

 

アメ横は店が大分暮れの海産物屋になっている。バッタのバッグやアクセサリーは店じまいで暮れにまたバッタの海産物を売るのだろう。JR御徒町駅から帰宅する。この所リニューアルオープンした近くの銭湯で汗を流し生ビールを戴く。https://www.tetsudo.com/

この日は久しぶりに沢山歩いた。上野の西洋美術館へ行くつもりで出掛けたが常設展は人で一杯、そこで上野から湯島天神の菊祭りを思い出し向かった。

 

湯島天神は菊祭りと受験生、七五三でそれなりに多くの参詣客がいるが境内ですから押すな押すなではない。立派な丹精込めた菊を鑑賞し無料の菊茶・菊酒なるものを戴いた。

   

宝物殿は観客が居なくゆっくり見学が出来た。流石湯島天満宮で有名な画家などの作品が奉納されている。写真は✖などでパンフから。

谷文晁、安田靫彦、加山又造、橋本雅邦、伊東深水、歌川広重、河鍋暁斎の野見宿祢と當麻蹴速の相撲の起源など。また富くじの箱など珍しい神社としての物も。
  
歴史ある神社ですから富くじの箱も、久しぶりの御朱印。 

 
新幹線が普通列車より早い時間に出る。

10月21日、早朝かみのやま駅から6:43発の福島行き、郡山駅経由して磐越西線で会津若松駅に11時には降り立った。今晩はこの会津若松に翌日の只見線全線走破の為に宿泊を予定している。

 

同行者がいれば会津若松城や喜多方の観光を入れるが来るたんびに同じコースでもと思い折角だから会津鉄道に乗ろうと大内宿、塔のへつりの見学をすれば夕方になるので暑い位の快晴ですが大内宿・塔のへつりのセット券を購入。

 

会津鉄道は国鉄・JR東日本から福島県・会津若松市などにより第三セクターになっている。野岩鉄道・東武鉄道と結ばれ浅草から会津若松まで来ることも出来る。


会津鉄道のトロッコ列車先頭車木のテーブル、座席、後ろがお座敷、最後部が展望車になっている。 

会津鉄道は西若松から会津高原尾瀬口までの57.4K、駅数21、全線単線、西若松から非電化、会津田島からは電化。

 

時刻表の関係で大内宿、塔のへつりを見学して会津若松に戻るコースを考えた。

 
   

大内宿は南会津の山中にあり会津鉄道湯野上温泉下車駅前のバスで20分位で着く。下野街道の宿場で現在江戸時代の街内を再現して道の両脇には茅葺の民家が立ち並んでいる。距離はそんなにないが電柱もなく雰囲気は江戸です。本陣跡は見学もできその他の建物は民宿、飲食店、売店になっている。


 

塔のへつりは会津鉄道塔のへつり駅から徒歩ですぐ。河食地形の奇形を呈する国の天然記念物。へつりとは方言で川に沿った険しい断崖の事だそうです。

https://www.tetsudo.com/  

上山温泉一人旅で駅前の観光案内所で今日の宿があるかお願いしたら取れたのでお城に向かった。途中下校時の小学生が合うたびに「こんにちは」と挨拶をしてくれる。中々良い。東京ではこれがあだになる事もある。難しいなぁ。

 

お城見学の後、下の和菓子屋でまんじゅうを食べお茶を飲んで休憩。この町には7つの共同浴場があり此処から近い下大湯共同浴場があり此処が一番大きく歴史もあるが熱いそうです。

 

150円という格安の温泉でただ頭を洗うのには100円追加だそうです。私以外は全部地元の方で私がかけ湯してそのまま入っていたら元気だねぇと声をかけてきた。私の入った場所が一番熱いそうですが東京の銭湯はもっと熱く水を出したら常連に怒られる。

 

江戸時代の銭湯で沢庵和尚も入ったという湯船を楽しんだ。そこから歩いて一番奥の旅館「有馬館」に向かう。

 

一人旅で普段はビジネス専門だが久しぶりの温泉旅館、10畳の和室で畳が新しい、そして料理は期待していなかったが凄い量で立派な料理だった。13000円税別ですのでこんなに出るのかと驚いた。

 

部屋出しで前菜は山形の郷土料理という9種類が少しづつ松花堂に入っている(菊のおしたしいくら添え・えごの酢味噌和え・無花果のワイン煮・あけびの肉詰め等)御造りは4種、鍋はしゃぶしゃぶで霜降り山形牛大きいのが3切れ、小鍋は芋煮、煮物は鯉のカルシューム煮、温物は山形牛ビーフシチュー、アワビのカルパッチョ、茶わん蒸し、凌ぎで麦切り、止め椀はあおさの減塩みそ仕立て、ご飯はつや姫、水菓子は見た目が綺麗なフルーツプリン。

 

生ビール、日本酒2本でもう飲めず、その後の風呂も入れずマッサージは時間をずらせてもらった。写真を撮ればよかったが私の担当していた旅館では2万以上は貰わなくては合わない。

 

突然お願いした旅館だが山形へ行ったらかみのやま温泉にぜひ行きたいと思った。人間満腹になると幸せにもなる。若くして亡くなった親友の事は此処では忘れていた。https://www.tetsudo.com/

只見線全線走破と秋田から山形、福島と色々考えたが結局山形かみのやま温泉に泊まって翌日朝一番の列車に乗って紅葉や清流の渓谷などを楽しもうと思いこれなら新幹線を利用しないで普通列車で乗車の旅で充分時間的にも23日なら余裕とノコノコ出かけた。

 

1020日新橋744分宇都宮行きに乗車。大宮辺りから車内はガラガラ予定から遅れて宇都宮に到着。車両最後尾だったため遅れた電車に待つてくれたようだが残念黒磯行には乗り損ねてしまう。

 

50分後の黒磯行きに乗り予定では福島行きがあったがこの時間では郡山行、その後福島行きに乗ろうとしたら2時間くらい待たないと列車が来ないのでショトーカットで福島から新幹線を利用、紙の山駅に到着。

 

かみのやまは温泉と斎藤茂吉、お城位しか思い出さない。30年前に高校時代の親友と誘われ泊まった記憶がある。友人は付き合っていた彼女がこちらに帰り彼女と別れたようでその仲直りに私を誘った。

結局彼、彼女は数か月後結婚をして私が司会もした。

 

彼は約20年後に若くして亡くなった。丁度この時期に亡くなったのを時刻表を見ながら思い出した。どうもこの歳になると未来に向かう話より後ろ向きの話が多くなる。只見線も5年前に集中豪雨で一部不通に今でもなっている。思い出さないが一度全線走破しているがこの調子なら廃線になる可能性もあり今回乗ってみたかった。

 
 

当時の旅館は覚えていないが上山温泉に泊まり翌日朝一番の福島・郡山、磐越西線で会津若松へ。時間も大分ありホテルを決めて会津線で塔のへつり、大内宿を見学して時間つぶしをした。

 

喜多方に行けば知っている居酒屋のおばちゃんの店があるが只見線も朝一番で乗らないと全線走破出来ないので会津若松の飲み屋はビジネスホテルで紹介してもらう。値段はそこそこだが大変混んでいて美味しかった。

 

10226時発土曜日でガラガラの只見線に乗り車窓は一部紅葉が見られ渓谷、幾つかのダムを見ながら会津川口から只見駅までは線路に沿って代行バス、只見駅から小出駅までのとりあえず全線走破。

 

小出駅で前にも戴いた板蕎麦を食べるが今日はアップアップの完食だった。上越線で水上、高崎を経由して便利になった上野・東京ラインで品川まで帰った。https://www.tetsudo.com/

23日金曜日は朝雨が降っていたが9時頃には止んでいたので自転車で大森の病で院へ薬を貰いに。予約なのですぐ終わり、JRで東神奈川へ。

 

此処は切手の販売会社です。本当はスカイツリーの中の郵政博物館に切手を販売しているブースがあり此処へお年玉記念郵便切手シートの昭和25年、28年を頼んだのですが役所仕事なんだか電話ではお答えできません。当日来ていただいてあるかないか確認してください。との事。

 

中々スカイツリーには行けないのでこの件も忘れていました。列車きっぷも処理をどうしようか悩んでいる時ですし25年、28年はこの中では非常に高い切手です。

 

折角集めたのだから全部セットにしておくのが価値も出るしと思い買いに行きました。神奈川は住所表示が出ていないので時間が掛かりましたが何とか見つけゲット。25年は丸山応挙の「龍虎の図より」28年は三番叟人形。


此処まで来れば鶴見は総持寺という曹洞宗の関東の大本山です。御朱印をしてもらおうと向かいます。前にも来ていますがとても広いお寺で伽藍があちこちにあり本堂・祖師堂などめぐり御朱印をしていただきました。未だわずかですが総持寺の御朱印が一番立派でした。

 

12時ごろになりJR川崎で映画「怒り」を見て自転車を置いた大森に戻り友人とお茶して帰宅。雨が降ったり止んだりの1日で歩いていてもTシャツは何度もびっしょりに。急いで帰宅。

暑い日だったが銀座の画廊へ。前のグループ展で気まぐれに買った絵を戴きにお邪魔した。

 

今までは足の関係で目的の場所へ最短距離で尚且つ人通りの少ない道を歩いていた。先日は足慣らしでメインストリートで三越まで買い物に。

 

数寄屋橋の交差点では阪急が東急プラザ銀座に、四丁目交差点では銀座プレイスと言うビルが建ちあがっていた。此処にはソニービルを建て替えるのでソニーのショールームもはいるようだ。

 

銀座はスクラップビルドで発展してきているんだろう。昔は煉瓦のビルだったと言う。昼食は久々に煉瓦亭で戴く。画廊から帰りは三越でお菓子の買い物で歌舞伎座の横の東銀座から帰宅。只歩いただけだが久しぶりの銀ブラだった。

毎年7月に霊宝殿では「ご霊寶お風入れ」で収蔵品の一部をお風入れ法要の後日蓮聖人の御親戚などの曼荼羅、御遺物などを展示しています。25日だけ無料開放。普通開館日は日曜日のみ。

 

日蓮宗の宝物殿ですから曼荼羅や手紙などがメインはしょうがないが今までは新政府軍で駐留していた西郷隆盛の書など私的には興味があったのですが今年はなし。

 

五重塔は慶長13年の2代将軍秀忠の乳母(岡部局)の発願により完成したが地震等で改修したりしていたが場所は現在の反対側でしたが5代将軍綱吉の命により現在の地に元禄16年に移築完成。(浮世絵で反対側の描かれているものもある。浅草寺の五重塔も同じ)

 

国の重要文化財、関東には4基の五重塔があるが此処が最古、桃山調の五重塔は全国唯一。五重塔と言えば幸田露伴ですが露伴のお墓は五重塔の横にある。

 

五重塔の裏の永壽院の近くの万両塚と呼ばれる墓があります。徳川家康の孫で紀州徳川家初代藩主頼宜の娘で鳥取池田家初代藩主池田光仲の正室であった芳心院の墓所。

 

蛇が嫌いで水堀(現在から堀)を設置して中に墓所がある。経費が1万両かかったと言う事で万両塚と言われている。奥には侍女たちの墓などがある。

 

前は渡し道があり墓所前まで行けたのだが久しぶりに行ったら渡れなくなっていた。この周辺は弥生時代の古墳でもある。

 

 

昨夜はここ数年大森東口商店街で秋田湯沢の絵どうろうを湯沢から持って来て展示して湯沢の名産稲庭饂飩や両関などの販売をしています。

 

湯沢の300年に渡る伝統の七夕絵どうろうまつり、優雅な美人画が夏の世に浮かぶ幻想的な世界です。今年は22日、23日の二日間でした。

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