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3c24b709.jpeg先日山の手新宿七福神巡りをしました。今日は羽田の七福いなり巡りをしました。京急の空港線糀谷から大鳥居、穴守稲荷駅の三駅にまたがるお稲荷さんを巡る散策です。
 
七福いなりという珍しいものです。しかし実際は番外があったりして巡る数は9つになります。稲荷と言えば白いきつねと朱い鳥居、そして稲荷ずし。正月の運動不足解消とご利益を求め散策のコースとして出来ています。朱印のスタンプラリーも正月は開催されているようです。
 
bbe4ab66.jpeg1f751e4b.jpeg自宅から糀谷まで徒歩で1時間近く掛かりました。糀谷駅からスタートです。幸先良く稲荷寿司を売る店が、これは楽しみだ。まずは駅から多摩川の土手方面に歩きますと萩中神社がありその中に合祀されている「東官守稲荷神社」があります。身体安全、海における仕事の安全を守る守護神だそうです。
 
萩中には寺町と言っていいように多くのお寺さんが並んでいます。20以上はあるんではと思います。江戸の時代に此方に移されたのでしょうか。立派なお寺、ちょっと寂しいお寺など時間が有れば廻りたいといつも思っています。
 
e93a622a.jpegdb632ab6.jpeg南下して出雲小学校の裏側に「妙法稲荷神社」招運厄除け、大洪水の被害から立ち直る為に鎮座されているようです。


 
cb8d51b2.jpegそこから3分位でバス通り沿いに「重幸稲荷神社」開運長寿、五穀豊穣を願って設立。ここから土手沿いのバス通りを暫く歩き都南小学校とつばさ総合高校の間に「高山稲荷神社」が出てきます。学業成就、前社が飛騨高山の大工によって設立されたそうです。
 
da922035.jpeg36ba666b.jpegこの付近は工場跡地に団地やマンションが多く立ち並んでいます。大きなホームセンター、ショッピングセンターが建っています。すぐ土手ですから何となく郊外といった雰囲気で変わった塔は都営住宅の貯水塔、現在は運送会社等が祀る馬頭観音なども。
 
a0455aad.jpeg途中正蔵院前には羽田街道の碑があります。左 三原 東海道 左 七曲 要嶋と書かれています。説明によると旧東海道の美原通りから内川沿いに江戸時代まで「駿河屋」という(歌舞伎で出てくる白井権八に声をかける幡隋院長治衛、『お若いのお待ちなせい』の提灯が駿河屋)この跡地が現在、するがや通りと言います。厳正寺、三輪厳島神社、新呑川の末広橋を渡り大鳥居商店街に至り産業道路に出てこの正蔵院を通って弁天橋に至る5Kを羽田道と云うようです。
 
048f82d2.jpeg0987d9eb.jpeg産業道路下に羽田神社があります。この神社は羽田の氏神様で此処の神輿の担ぎ方は「ヨコタ」という独特なもので7月のお祭り(羽田まつり)は良くテレビで放送されます。担ぎ手3000人、見学者3万人と言われています。氏子には羽田空港があり全日空、日航などの客室乗務員が飲み物サービス、団扇などをボランティアで配布もあるようです。
 
befd4182.jpega433d9f5.jpeg今までが小さいやしろですがこの神社は立派です。境内の中には鈴納稲荷神社、増田稲荷神社、日枝神社、羽田稲荷社がありその他にこの神社が兼務する神社は今回廻っている稲荷神社の大半がこの神社が統括しています。近隣神社14社を兼務社としています。
 
3fe75c56.jpeg文久元年(1861)に疱瘡(天然痘)が蔓延、時の将軍徳川家定が病気平癒祈願に参詣し治癒した故事により疱瘡神よるもとし崇め祀ったものから「疱瘡除祈願御礼の碑」があったりし江戸時代は徳川家、島津家、藤堂家により厚く信仰されてきたようです。また運行安全、航空安全の他に病気平癒、身体安全も祈願されてきます。大田区唯一の富士塚もあります。(続く)

(小さい写真はクリックすれば大きくなります。) 

 
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3c1ac7c0.jpegf639d53c.jpegJR蒲田駅東口に昔の松竹撮影所跡地にアロマスクエアー、アプリコという大きな建物があります。松竹撮影所→高砂香料の工場→アロマスクエアー&アプリコと云う流れです。アプリコには1500人位収容の大ホール、地下に小さなホールが幾つかあります。
 
1階には松竹撮影所へ入る為の橋、松竹橋の親柱、地下には当時の撮影所のジオラマがあります。そんな大正昭和を感じる大田区内の散策コースを(江戸切子工場、六郷神社、六郷の渡しまで)を作りましたが全く人気がありません。
 
山王の大森貝塚、徳富蘇峰の山王草堂、山王会館での大田新百景の絵画、尾崎士郎記念館、義民六人衆の善慶寺へのコースばかりです。初めての人は良いのですが毎回の私は。山王馬込の坂道でこの暑さにはちょっとへばり気味です。
 
確かに撮影所もなく、江戸切子も好みがあり寺社ばかりでは昔の区内の風景画100枚、尾崎士郎邸、徳富蘇峰邸、川端龍氏記念館のほうが懐かしかったり素晴らしい画が見られます。
 
c145ed09.jpeg3d2f46f3.jpeg98704305.jpegアプリコの地下には大田区内在住の画家から寄贈された絵をシーズン毎に展示しています。

しかし、ウォーキングのついでに是非見たいと言うほどの日本的に有名な作家でもなく、中々難しい。8月26日まで「夏の時間」と云うテーマで安西啓明、郡彗子、古川珠枝各氏の展示がされています。

今週も1回山王を歩く予定です。本当はお盆は冷たいビールを飲みながら渋滞情報を見るのが良いのですが。

 
 トレーニングは区営の大森スポーツセンターで行なっています。6f490180.jpg旧東海道美原通り沿いにあります。美原通りは昔は映画館や寄席など毎日が縁日みたいな大田区の中では大変賑わった商店街でした。今は大田区商店街の中でも余り活性化されていないシャッター通りとして有名な?所です。極端に言うとポツポツ商店があると言う状態です。同じ大田区で梅屋敷商店街みたいな八百屋が沢山有ったり生鮮3品のお店が有りませんし廃業したシャッター落ち、一般家屋になっています。
 
そんな中、現在旧東海道美原通り景観整備計画の一環で各商店が昔の江戸風に看板や店先などを変えています。道路幅は昔の東海道のままに残っています。

まだ一部のお店だけですが全面的に内装を代えた店、入り口を代えたり看板だけを指定の物にしたりしています。
fe05508d.jpg511a7e42.jpgbd738211.jpg

先日の品川宿のような全体で変更が出来るとウオーキングブームでもありますから多くの散策客が訪れ賑わいが出てくれれば良いですね。
41f797ee.jpgdcd3d016.jpgac694f50.jpg
2b8e8260.jpg品川宿に比べるとお寺などの見学するところが少ないのがちょっと欠点ですが、海苔屋さん、和菓子屋さん、提灯屋さんなど変わったもの、名物もあり商店が皆で新しい商店街を形成できればもっと賑わいも期待できるかも知れません。短い商店街を一つにしても食べ歩きながら同じ日に縁日などイベントも開催できます。

品川や梅屋敷でやっている空き家をなくしお休み所、情報発信所などをまず設けて行くんでしょうか。
 
e9ae5e14.jpgお正月にはまだ早いですがお正月休みで飲み過ぎ食べ過ぎ運動不足解消に私は毎年近くの池上七福神巡りをしています。
 
七福神は恵比寿尊、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊の祀る寺社を巡ります。日本、インド、中国の神様です。室町時代中期には「七難即滅七福即生」という仏教の思想に由来して新年の初めに1年間の福徳を願って参拝します。
 
池上七福神は東急池上駅を下車してまず池上駅を本門寺と反対側に歩いていきます。徳持小学校の近くの①曹禅寺(布袋尊)池上7-22-10 福徳、円満、忍耐を授ける弥勒菩薩の化身。このお寺で500円で色紙を販売しています。七福神が舟に乗った置物なども販売しています。
 
曹禅寺を北側に歩き池上線の線路を渡ってからバス通りを左側に歩き徳持神社の先右折すると②微妙庵(毘沙門天)池上3-38-23 威光と財宝授与の北方守護の武神。
 
そこから北へ歩き京浜第二国道池上警察の裏側に階段を登ると③馬頭観音堂(大黒天) 池上3-20-7 米俵を抱え有福の台所の神様、本門寺方面東にに向かい参道の左側を梅園に向かうと④厳定院(弁財天)池上2-10-12 芸術・弁舌・才智・財宝を司る神様、来た道を戻り参道近くに⑤本成院(福禄寿)池上1-35-3 福と禄、寿命を授ける老人神。
 
本門寺山門から加藤清正寄進の96段の石段を登りご本堂に参拝し五重塔の近くにある⑥妙見堂(寿老人)(樹老人)池上1-31-11 寿命と学を授ける南極老人、妙見堂の急坂を下り呑川を左側に行くと⑦養源寺(恵比寿)池上1-31-1商業、漁業繁栄、家庭円満の福の神。
 
大体2時間半でゆっくり回れます。時間があれば池上本門寺を散策するのも良いと思います。国の重要文化財や多くの大名、有名人のお墓などがあります。多宝塔近くは紀伊徳川家墓所(お万の方など)五重塔近くは前田家寿福院、横が加藤清正側室、五重塔の北側上杉家円光院、細川家清高院、紀州家深徳院、本徳院、前田家浩妙院、讃岐松平家、西條松平家、鳥取池田家(千両塚、万両塚)など。
 
一種のスタンプラリーですが各お寺さんにはお札も置いてあります。
この他に品川宿には東海七福神、羽田には変わった七福稲荷めぐりもあります。池上七福神はは駅からは上記の順番がベストです、また最後の養源院も色紙の販売があります。このお寺さんでは甘酒、お神酒などの振る舞いもあります。

その他にも東京には数多くの七福神めぐりがあります。もう2週間足らずですからお調べいただいて良い年になるように、散策なさっては如何でしょうか。
 
 

 
馬込ウォーキングはかなり前に書いてそのまま中途半端でしたが遅まきながら最後の説明になります。

①大田文化の森ー②大田区立川端龍子記念館ー③大田区立熊谷恒子記念館ー④大田区立郷土博物館ー⑤長遠寺ー⑥旧馬込小学校時計台ー⑦庚申燈篭(神明社)-⑧万福寺ー⑨富士講燈篭ー⑩名馬磨墨塚ー大田文化の森
 

b15611e8.jpg20485ec2.jpg⑤長遠寺 南馬込5-2-1
真言宗智山派 海岳山 馬込不動尊 本尊は不動明王
天仁元年(1108)創建、現在地には文亀2年に移る。本堂内の本尊裏に11面観世音菩薩立像(非公開)があります。1度拝見させていただきました釜作り観音と呼ばれています。
境内には庚申供養塔・念仏供養塔、松原薬師から移された渡辺対馬の逆修供養を兼ねる灯篭など。
春先には大きな枝垂れ桜が咲き乱れます。此処からの眺めも馬込が高台であると実感します。
 
0320f539.jpg⑥旧馬込小学校時計台 南馬込1-55-8

大正14年から新校舎建設の昭和37年まで馬込小学校のシンボルだった時計台です。現在は個人のお宅に移設されています。現在は針が止まっています。

 
1c41ff1a.jpg⑦庚申灯篭(神明社) 南馬込1-40-11

時計台から下り左側に行くと神明社があります。享保3年(1718)造立、竿石の正面に青面金剛立像と三猿が陽刻、庚申供養塔の灯籠は区内では此処だけです。狭い所で金網からの見学になります。
 
9b9a4aa9.jpgf2a6352e.jpg⑧万福寺 南馬込1-49-1

曹洞宗別格 慈眼山 無量院 本尊は阿弥陀如来三尊
建久年間(1190-99)梶原景時が大井丸山に創建し元応2年(1320)現在地に移転。
 
境内には沢山の見るものがあります。梶原景時五輪塔、木原家累代供養塔、名馬磨墨像、有名人のお墓、本堂には善光寺式鋳銅製の阿弥陀如来立像、全国にある中でも大きいものです。88㎝。その他馬具や50を超える板碑群。庚申供養塔から入りますから裏参道ですが山門は今も茅葺の立派な門です。その横に名馬磨墨像があります。
とても気さくな住職で時間があれば質問にも気軽に応えてくださります。
 
8eaace94.jpgc3dd49e4.jpg⑩磨墨塚 南馬込3-18 臼田坂の道路沿いにあります。

磨墨は鎌倉時代に宇治川の合戦で活躍した名馬です。梶原景時の愛馬で佐々木高綱の頼朝から拝領の名馬池月との先陣争いの話にでてきます。池月は大田区の洗足池で月の中、頼朝が捕らえたと言われる名馬です。この拝領、先陣争いは共に人間臭い話でとても興味深い話ですが信憑性は?
 
磨墨塚を見て臼田坂を下れば元の大田文化の森の池上通りに出ます。
その他の説明は一回目の中でしておりますので省略します。

大田区立龍子記念館 中央4-2-1 入場料200円
大田区立熊谷恒子記念館 南馬込4-5-15 入場料100円
大田区立郷土博物館 南馬込5-11-13 入場料無料
富士講灯籠 南馬込2-25-17

また途中には佐伯栄養専門学校があり秋の文化祭では他の学校の文化祭とは違った楽しい催しがあります。今流行りの学校レストランがあればもっと良いのですが。蒲田3丁目の誠心栄養専門学校は学生レストランが3月まで予約で一杯になっています。

このコースは美術館や博物館がありそこでの時間の取り方によりかなり変わります。時間があれば午前中から出かけることをお勧めします。馬込は谷と坂ですのでシューズは歩きやすいもの、地図を持参する事をお勧めします。

この冬でもかなり汗をかきますので夏と同じタオル、飲み物をお持ちください。また美術館、博物館は基本的に月曜休館ですが年末年始の休館等はHPでお確かめください。特に龍子記念館は現在は耐震工事中です。
 

大田区内の散歩コースも約三分の一は終わりました。此れからは馬込ウォーキングコースとしてコース選定をしていきます。

①大田文化の森ー②大田区立川端龍子記念館ー③大田区立熊谷恒子記念館ー④大田区立郷土博物館ー⑤長温寺ー⑥旧馬込小学校時計台ー⑦庚申燈篭(神明社)-⑧万福寺ー⑨富士講燈篭ー⑩名馬磨墨塚ー大田文化の森

このコースは馬込九十九谷と言われる谷の多い場所で上り下りがかなりきつくなります。間違えるとまた坂を登らなくてはならなくこの時期には、体力づくりにお勧めです。

昔、太田道灌が江戸に城を築城する時の候補地でもあり案内で九十九谷と言われ縁起が悪いとされたとかの話もある場所でお城の防御としては最適な場所でもありました。残念ながら江戸氏の館跡があった現皇居周辺が造営され江戸城になったと言われています。


JR大森駅から歩くかバスで大田文化の森で下車し前の臼田坂から始まります。大田文化の森は以前は此処に大田区役所がありましたが手狭な為現在はJR蒲田駅前の立派なビルに移転しています。

新しく建物を建て区民が自主運営する催しなどを行なっています。毎月第一金曜日に私は此処で行なわれる朗読の会を楽しみにしています。その他にスカッシュなどの運動やホールでは合唱、演劇などの発表会、本館では陶芸教室、図書館などもあるようです。

今回のコースは日本画家の川端龍子記念館、此処では企画展を見た後、時間により前の龍子のアトリエを学芸員が案内をしていただけます。中々画家のアトリエを見る機会は少ないと思います。現在は耐震工事中で12月21日まで閉館です。

また美智子皇后陛下のかな書の先生で現代女流かな書の第一人者熊谷恒子記念館もあり此処は自宅書斎がそのまま見る事も出来、交流の広さから多くの方の書も展示されています。昨年の企画展では皇后陛下もお忍びでお見えになったそうです。但し庭には降りられません。

郷土博物館では六郷用水、馬込文士村、大田区のモノづくり、海苔養殖、昔の生活、戦争時代の暮らしなどが展示されています。

歴史のあるお寺も幾つか廻りますが庚申塔が意外に多くある地域でも有ります。
以上のような特徴を持ったコースですがやはり道が狭く車が多く気をつけて歩かないと危ないところもあります。この周辺は文士村の住人の碑も多く見られます。

時間としては3時間半を基本としますが記念館などで時間を取るとやはり半日コースになります。近隣には小さい公園、コンビニもありますのでトイレはそんなに心配は無いと思います。

食事はコンビニや美味しい自家製のパン屋さんや蕎麦屋などがあります。ただ長温寺、万福寺周辺では食べ物は少なくなります。入場料も区立ですから無料から200円です。

次回は各施設の住所、特徴、見所を書きます。



JR大森駅山王口―①品川歴史館―②大森貝塚(品川、大田)―③尾崎士郎記念館―④徳富蘇峰旧邸(山王草堂記念館、公園)―⑤天祖神社(馬込文士村レリーフ)―⑥薬師堂―⑦大田区立山王会館(馬込文士村資料、大田百景)―⑧熊野神社―⑨善慶寺―JR大森駅
 
⑦大田区立山王会館 山王3-37-11

立派なマンションで売れそこなったマンションをなぜか大田区が買って会議室や展示場として使用しているようです。此処には馬込文士村の資料が展示されています。また隣の部屋では大田区百景として大田区の画家、学校の先生などが描かれた絵が飾っています。
 
殆ど此処へ見に来る人はいないようです。文士村へは名前住所を書かされますが大田百景には書かされません。管轄が区の中で違うようです。お役所仕事の典型とバブル時の遺産の様な箱物を何で買ったんだと思うもので管理人が2人もいます。
 
文士村の資料は大田区立郷土博物館へ大田百景も郷土博物館か区民ホールアプリコで充分展示保管が出来そうです。無駄な箱物のようで余計な経費をかけています。
 
1dd7ea19.jpg⑧熊野神社 山王3-43-11

この地域の旗本木原氏が幕府の棟梁として日光東照宮造営の余材で社殿を建立したと伝えられています。元和期の建立とされていますが大田史話2によると元和二年之東照宮造営には関わっていないようです。
 
木原氏は現在の静岡袋井市の出で幕府の大工頭を務め紀伊の熊野社に仕える鈴木氏の一族で先祖ゆかりの深い熊野信仰から江戸に知行地が変わってそれをこの地へ持ってきたのでは考えられています。
 
境内には能舞台、力石、庚申塔などがあります。山王会館から山の頂上を歩きちょうど神社の裏手からになります。この方が下りたり登ったりがしないで済みます。
 
正面の鳥居から逆に急な石段を降りますと善慶寺の境内にでます。
 
4b6e0577.jpg⑨善慶寺 山王3-22-16

日蓮宗 法光山 日法上人を開基として1292年建立。
この寺は新井宿義民6人衆で有名です。また初夏にはここでホタルも見られます。

延宝義民6人衆事件は永宝5年(1677)1月2日この地を治めていた直参旗本木原氏の年貢の厳しい徴収と大飢饉により直接将軍家綱に直訴をしようとした新井宿代表の6人衆は密告により捕まり打ち首となりました。直訴は大罪でひそかに20世日応上人が善慶寺で供養されました。毎年4月にお祭りが行われています。今年は4月10日供養のみでパレードは中止になりました。
 
間宮家の両親の墓を建立するということにして裏に6人の戒名が刻まれ墓の四隅に水が回るようにしてお参りが出来るようにした珍しいお墓があります。
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墓石の四隅に水入れがあり前に水を入れると後ろにも流れるようにくり貫かれています。
 
JR大森駅山王口―①品川歴史館―②大森貝塚(品川、大田)―③尾崎士郎記念館―④徳富蘇峰旧邸(山王草堂記念館、公園)―⑤天祖神社(馬込文士村レリーフ)―⑥薬師堂―⑦大田区立山王会館(馬込文士村資料、新大田百景)―⑧熊野神社―⑨善慶寺―JR大森駅

⑤天祖神社 山王2-8-1
大森駅山王口下車、八景坂前の階段を登ると天祖神社入り口になります。急な狭い階段で息を切らせながら登りきるとJR大森駅東口の高層建物が見えます。昔は見晴らしが良く江戸湾が一望できたのでしょう。


狭い境内で周りの木々がうっそうとして昼間でもうす暗く、殆ど人が居ないので何となく霊気を感じます。天照大神を祭神として伊勢講をするために勧請したようです。

この神社の階段横に生活道路の狭く急な階段があります。そこの壁際には馬込文士村の多くの人たちのレリーフが飾ってあります。文士達もこの階段を歩いて大森駅へ向かった事でしょう。
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 有名どころだけでもかなりな数になります。(順不同)
小島政二郎、尾崎士郎、宇野千代、日夏秋之介、北原白秋、徳富蘇峰、室生犀星、吉田甲子太郎、藤浦洸、今井達夫、三好達治、山本周五郎、佐藤惣之助、萩原朔太郎、小林古径、三島由紀夫、国木田虎雄、川端康成、川端龍子,石坂洋次郎、子母沢寛、山本有三、池部均、熊谷恒子、高見順、古屋信子、佐田稲子、川瀬巴水、など。

もっと多くの方がいます。私が知っている名前ですからビッグネームの人達だけです。親分で面倒見の良かったと言う尾崎士郎、住宅難で都会に比べれば景観が良くのんびりしていた馬込に魅せられたんでしょうか。この人達の足跡を訪ね歩く散歩も結構楽しいです。区の郷土博物館でモデルコースが設定されています。ただ旧宅が残っているのはわずかで石碑がある程度ですがフアンの方が多く1日かけて歩く方が多いようです。


⑥新井宿薬師堂 山王3-29-8

0bd153ad.jpg新井宿村を所領していたのは旗本木原氏です。古寺を再興しこの初代の吉次の号をもって桃雲寺と名付けましたが明治初年に廃寺になっています。現在は5代義永が古寺を再興したという記念碑を建てたものが残っているだけです。


記念碑の横には新井宿富士講が建てた富士講の祖とされる食行身禄の没後100年を記念した富士講碑があります。現在の薬師堂は町会会館として利用されているようです。

木原氏は旗本ですが、遠州木原村から家康が江戸城を建てるために連れてきた今で言う棟梁で薬師堂から善慶寺へまでの山を木原山と呼ばれ陣屋や屋敷が置かれていました。

今はありませんが棟梁ですから他の旗本の屋敷に比べ立派なもので八代将軍吉宗も小動物狩り、鷹狩に訪れてこの屋敷で休んでいるようです。現実には江戸で暮らしここは別邸になっていた。


 
JR大森駅山王口―①品川歴史館―②大森貝塚(品川、大田)―③尾崎士郎記念館―④徳富蘇峰旧邸(山王草堂記念館、公園)―⑤天祖神社(馬込文士村レリーフ)―⑥薬師堂―⑦大田区立山王会館(馬込文士村資料、大田百景)―⑧熊野神社―⑨善慶寺―JR大森駅
 
JR大森駅山王口を降りると前は細い坂道になっています。この坂を昔は八景坂と呼ばれ急坂だったようです。昔は周りに高い建物もなく坂上からの眺めは素晴らしかったようです。源義家が鎧をかけたと伝えられる松があり、広重の浮世絵にも描かれています。義家は六郷神社でも白旗を掲げていたりしています。
 
坂を登りきって少し歩くと大田区の大森貝塚、品川区の大森貝塚と左側線路沿いに見えます。もう少し歩くと品川区歴史館が左側にあります。
 

①品川区立歴史館

品川区大井6-11-1
東海道品川宿と大森貝塚の展示がされています。その他に企画展がその都度行われています。入場料300円、月曜日休館、此処で大森貝塚の経過、歴史、発掘品などを見てから現場へ行けばより解りやすいと思います。
 

②大森貝塚遺跡庭園

31350420.jpg1877年(明治10年)E.S.モースが横浜から東京へ向かう汽車内で大森駅を過ぎたところで左側の車窓から貝層を見つける。これが日本の考古学の始まりになります。この科学的発掘調査の報告書には住所が書いて居なく細く線路沿いに沿っていたため大田区、品川区で暫く論争がありました。それで大田区側、品川区側と二つの貝塚の碑があります。どちらも国指定の史跡になっています。
 
貝塚は簡単に言えば大昔の人が住んでいたゴミ捨て場の跡です。大森貝塚は3500~2400年前、縄文時代の後半から終わり頃にかけて台地の上に暮らしていた人たちが捨てた貝などが斜面に溜まって出来たものです。また貝層の他に竪穴住居跡が発見されています。
 
品川区の遺跡の方が庭園として整備され多くの子供たちが遊べるようになっています。
 

③大田区立尾崎士郎記念館 山王1-36-26

6fcdd4a5.jpg人生劇場で有名な尾崎士郎の旧宅に資料館として書斎や応接間などを復元して今もそこにいるような感じで展示されています。ただ、周りからだけで中には入れません。
 
尾崎士郎は関東大震災の少し前に馬込へ宇野千代と移り住んできました。大震災で東京が住宅難になり士郎の勧めで多くの文士、画家が移り住んできました。それが馬込文士村の始まりです。
 
7429b67a.jpgこの記念館は平成20年にオープンしています。大田区内を色々転居していますが昭和39年に大森山王で死去、66歳、戎名は友人今東光、前日をもって文化功労者として顕彰されています。墓は川崎市春秋苑、分骨として生まれ故郷の愛知県吉良町福泉寺へ

この他に尾崎士郎の資料は大田区立郷土博物館、区立山王会館、区立馬込図書館などに展示されています。
入館無料、開館9時から16時30分 

④徳富蘇峰旧宅 山王1-41-21

147f67d1.jpg区立の山王草堂記念館として公園の中に旧宅を保存資料展示しています。文久3年熊本に生まれる。山王には大正13年に移り住みこの建物を山王草堂と名付ける。蘇峰は日本で最初の総合雑誌「国民之友」続いて「国民新聞」を創刊、大正7年56歳から着手した「近世日本国民史」全100巻を90歳で完成。昭和32年95歳で死去。
 
a6b2422f.jpg館内には原稿、書簡などが保存展示されています。手紙の相手がまた文人を含め超有名人ばかりです。庭園には新島襄がアメリカから持ち帰った種を植えて育てたカタルバの木があります。現在は2代目だそうです。
 
57a71d11.jpg明治29年トルストイ訪問、明治44年貴族院議員、昭和18年文化勲章受章、終戦と共に一切の公職、栄誉を辞退。
 
昔はこの他に建物が何棟かあったようですが現在は庭園として開放されています。不如帰の徳富蘆花は弟です。この庭園は小川も流れていたり風情がありますが木々が高く、うす暗く冬はちょっと寒々としています。旧邸までは結構な高台で石段をかなり登ります。旧館の玄関には沢山の杖が置いてあります。高齢になれば上り下りはかなりきつくなります。昭和18年以降は伊豆山の別荘だったようです。開館9時から16時30分 入場無料

 

 昨日は東海道に沿った大田区散歩モデルコースは一応終わったので次のJR大森駅山王口のコースの下歩きをしました。コースは次の予定です。
 
JR大森駅山王口―①品川歴史館―②大森貝塚(品川、大田)―③円能寺(日枝神社)―④尾崎士郎記念館―⑤徳富蘇峰旧邸(山王草堂記念館、公園)―⑥天祖神社(馬込文士村レリーフ)―⑦薬師堂―⑧大田区立山王会館(馬込文士村資料、大田百景)―⑨熊野神社―⑩善慶寺―JR大森駅へ
 
大森駅山王口を降りて左に八景坂をとことこ歩き品川区立品川歴史館へ常設は品川宿と大森貝塚です。現在企画展は品川御台場―幕末期江戸湾防備の拠点―を開催しています。
 
大森貝塚といっても模型で本物は東京大学にあり重要文化財になっています。品川宿も今回の大田区からは外れています。個人的には此処を入れて良いか悩むところです。しかし、此処の大森貝塚の説明を見ればその後の大森貝塚遺跡庭園へ行っても昔を思いながら見学ができるので悩むところです。入場料300円。
 
円能寺は大森不動尊ですが狭い境内が併設している若草幼稚園の園庭になっていてとてもじゃないがお参りはできない。見るべきものもないようなので隣の旧別当の日枝神社へ行くかどうかです、一応神社の体裁は整っていて能舞台もあります。しかし、稲荷神社も併設してありどちらが優勢なのか解らない。此処は時間によって外してもと思いました。
 
6fcdd4a5.jpg山王は坂の町で良い言葉で言えば高台ですが多くが消防車が入れないところが多い所です。徳富蘇峰の山王草堂記念館、尾崎士郎記念館は行くだけで結構足に来ます。そして次に行くにもまた戻らなければなりません。雨が降ったり体力のない、足の弱い人には向かないかもしれません。
 
残りは坂の上り下りですが別段外す施設は無いと思います。見学時間にも依りますが今のところ3時間半は係ると思います。駅周辺ですからお昼になっても食堂やコンビニはいたるところにあります。またコンビニ、公園もありますのでトイレの心配はいらないと思います。
 
私自身は単独施設は何度か行っていますがこのようなコースとして続けては初めてですので合理的な繋げ方、コース順番をこれから確認していこうと思っています。
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一昨日の山手線散策と昨日の散策で結構足が張ってきています。年寄りは無理をしない事と身体が訴えているようです。朝の墓参散歩を入れると2日で6万歩を超えています。まして私の万歩計は振り子を使用していないカード型加速度センサータイプですからバウンドで上がったりはしない胸ポケットタイプです。

 

 
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