美術館・鉄道・お城・お相撲・お友達の話など趣味のブログです。
アートのソムリエブログhttp://ameblo.jp/0761226555/
気に入った絵を1枚は飾って心の安らぎと若い作家の絵を購入する事が画家を育てることにもなるという心情に共鳴、乏しい小遣いで何点か絵を購入しています。お蔭で夜飲みに行くことが少なくなりました。あまりお会いする事もなくたまに三越の名品展、銀座のギャラリーでお会いする程度で彼のブログの後追いでギャラリーや美術館へ行く程度です。
今回佐藤美術館では十数人の画家が写実的だったり個々の心情を描いた風景画を展示しています。チケットの半券にも描かれている坂本藍子氏の「はじまり」は見た感じのイメージは東山魁夷の絵かなぁと思う様な幻想的な森と泉に蝶、白い馬です。これが風景?と思ってしまいます。
荒井経氏の「彼方Ⅱ」も青空、雲?と何となくこれも東山魁夷の絵を思ってしまいました。どちらも好きなタイプの絵だから何でしょうか。下の絵は大河原典子氏の「曠暉」という難しい題名ですが万里の長城だと思うのですが開口部を借景しています。215㎝×170㎝の絵ですが開口部に吸い込まれそうに感じる絵です。
今回の作品は可成り大作ばかりです。やはり大きい画ですと見た感じ迫力も出ますし絵によっては圧倒されます。若い作家さんですから震災後の絵のテーマ、考え方も変わってきているようです。午後から天候が崩れるとか言っていましたが帰りは陽が出て暑かったですが信濃町から明治神宮まで散策。途中外苑にちゃんぽん屋水明亭がありかみさんの影響か暑い中ちゃんぽんで昼食。途中、千駄ヶ谷に国立能楽堂を発見、余り縁がないですが建物アプローチはとても感じが良かった。
佐藤美術館http://homepage3.nifty.com/sato-museum/
原宿の浮世絵専門館、太田記念美術館を覗こうとしましたが明治神宮で時間をとってしまい次回にお邪魔する事に。原宿はいつ来ても休日のような賑わいです。信濃町から原宿までのんびり散策。初めて見る施設などもあり絵を見てちゃんぽん食べて明治神宮の静けさの中参拝して気分も爽快で帰宅となりました。(写真左は北参道からの明治神宮参道、右は原宿駅)
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(写真左北海道鉄道100年記念急行券47・10・14、右下は昭和47年発行の義経・しづか号再開、札幌・手宮ターミナルD型往復乗車券)
「キュンと北海道フリーパス」の発売
北海道内全線乗り放題、勿論広い北海道ですから特急自由席も乗れます。3日間有効で17000円、発売は6月1日~9月28日、利用可能は7月1日~9月30日。
このフリーパスに合わせて
- SLオホーツク号の運行
- 急行まりも号運行
- 特急ヌプリ号運行
- 急行北海道一周号運行
7月2日狩勝号 札幌8:29発ー根室線滝川―釧路17:04着
7月3日大雪号 釧路7:46発―釧網線―札幌20:44着
7月4日エルム号札幌9:27発―室蘭―函館14:50着
- SL函館号運行
上り函館8:54発―森10:46着(渡島砂原、仁山経由)
下り森13:31発―函館15:24着(仁山・駒ケ岳経由)
- 室蘭線37年振りSL運行
北海道はとても広く、便も路線によっては少なくしっかりスケジュールを組まないと短期間では廻れません。何度も行っていますがその都度、札幌だったり函館、根室だったりして小さい地域だけになります。夏にはこのフリーパスと青春18きっぷを組み合わせゆっくり長く乗ってみたいですね。当然行き帰りは飛行機になりますが。
詳細は鉄道ドットコムニュースで
http://www.tetsudo.com/
豊洲のららぽーと内にあります平木浮世絵美術館では美しき日本の風景第二部として創作版画之部を5月27日まで開催しています。
浮世絵は元々芸術でもなく、テレビや新聞と同じマスメデイアとしての役割や、プロマイド、広告宣伝、観光ガイドブック的なものです。明治維新後近代化によって新聞、写真、交通の発達などで徐々に浮世絵は衰退し、庶民からも関心が無くなって行きました。
そんな中浮世絵は絵師、彫師、磨師の分業から自分の芸術は全部自分で行うという創作版画が起こっていきます。今回はそんな明治以降の創作版画の美しき日本の風景の第二部として創作版画之部として開催しています。
作品は大正から昭和までで、近代化する日本、山々、諸国、日光、古城と分かれています。私自身よく解っていませんが大正期の作品はまだ着物姿があったり江戸期の浮世絵の名残を感じる作品が多く見られますが昭和になると平塚運一、川瀬巴水などを代表する絵画的な要素がふんだんに入っています。わざわざ版画でなくてもと思ったりします。
やはり写真、印刷技術の発展、絵の具等により生きる道は風刺画など特殊な物になって芸術性を求め日本画への転向、仏画などが出来る人は移って行ったのでしょうか。
今回の展示はその時代を見るのには面白いですがたまたま風景画ですから生活感のある時代を感じる作品は少ない。城も明治の廃城令直後なら楽しく見られたのでしょうが昭和期の作品です。(1部名古屋城などは戦災に遭う前のお城のようです。)

この木版画は今回の展示ではないですが川瀬巴水の左が東京二十景「矢口」右が同じ東京二十景「大森海岸」です。大正初期の作品。川瀬巴水は大田区に一時住んで多くの大田区内の作品があり、版画だけでなく水彩画も描いています。
平木浮世絵美術館Hp
http://www.ukiyoe-tokyo.or.jp/
浮世絵は元々芸術でもなく、テレビや新聞と同じマスメデイアとしての役割や、プロマイド、広告宣伝、観光ガイドブック的なものです。明治維新後近代化によって新聞、写真、交通の発達などで徐々に浮世絵は衰退し、庶民からも関心が無くなって行きました。
そんな中浮世絵は絵師、彫師、磨師の分業から自分の芸術は全部自分で行うという創作版画が起こっていきます。今回はそんな明治以降の創作版画の美しき日本の風景の第二部として創作版画之部として開催しています。
作品は大正から昭和までで、近代化する日本、山々、諸国、日光、古城と分かれています。私自身よく解っていませんが大正期の作品はまだ着物姿があったり江戸期の浮世絵の名残を感じる作品が多く見られますが昭和になると平塚運一、川瀬巴水などを代表する絵画的な要素がふんだんに入っています。わざわざ版画でなくてもと思ったりします。
やはり写真、印刷技術の発展、絵の具等により生きる道は風刺画など特殊な物になって芸術性を求め日本画への転向、仏画などが出来る人は移って行ったのでしょうか。
今回の展示はその時代を見るのには面白いですがたまたま風景画ですから生活感のある時代を感じる作品は少ない。城も明治の廃城令直後なら楽しく見られたのでしょうが昭和期の作品です。(1部名古屋城などは戦災に遭う前のお城のようです。)
平木浮世絵美術館Hp
http://www.ukiyoe-tokyo.or.jp/
今月27日までホテル・ニューオータニ美術館では「ヨーロッパ絵画に見る永遠の女性美」展が開催されています。山形県山寺の後藤美術館所蔵の17世紀から19世紀に描かれた女性、少女の肖像画を中心の展覧会です。ヨーロッパの女性と云うと古代神話、キリスト教の聖母マリア、キリストの受難による悲しみのマリア、聖母子像になるんでしょうか。18世紀になると女性の肖像を女神仕立てにしたり、19世紀になると印象派が台頭してきます。
今回の作品ではフランソワ・ベクリュの貴婦人と犬、ブーグローの愛しの小鳥などが好きな絵でした。しかし、今回の作家は私は一人も知りませんでした。そんな事を自慢しても?しょうがないですが。たまに洋画を見るのも、そしてこの美術館のようにゆったりできて見られるのは良いですね。
足利フラワーパークのお土産で購入した最中。足利市で創業100年を超える老舗の和菓子屋さん。古印最中以外にも同じ印を押した瓦煎餅もあります。最初にこのお店を知ったのは相田みつを美術館へ行って「おかげさん」の図録を購入したした時です。中々足利には行けませんが何処かデパートでと思って見ていますが気が付かずのままでした。
此処のパッケージというより包装紙は足利出身の相田みつをが売れない頃アルバイトで描いた包装紙です。
足利市は日本で最初の学校として有名な「足利学校」の長印、新田氏、足利氏の古刹「鑁阿寺」(ばんなじ)の印、明治画壇の田崎早雲の落款などを最中の種に記した最中です。餡は沢山入り持った感じも重く、とても甘く時代を感じさせる風味です。個人的には好きです。
図録おかげさんの最後に相田みつを自身が書いている文章を少し長くなりますが。
裏見返しにおさめた書は私の住んでいる足利市内にある和菓子の老舗「香雲堂本店」の古印最中の栞として使われていることばです。香雲堂さんは、もなか1つで全国的に有名になりました。
これは若い頃の仕事ですが、当時は専門の染色釜もかまどもありません。庭に安物の素焼きのかまどを置き、その上に古い飯炊き釜をのせ、女房の実家の材木屋から貰ってきた木の屑を燃やして湯を沸かしたものです。
道具がなくて、技術がないんですから何枚染めてもダメ。失敗の連続でした。最後は立ち上る湯気に手を合わせて「これを使ってくれる香雲堂さんが、どうか商売繁盛してくれますように、、、、」とただそれだけを念じました。
現在見ると大変恥ずかしいものですが、このことばは、包装紙と共にいまだに使ってくれております。おかげさまです。
小説家の主人公が5歳の時母に捨てられたという長年の断絶を母がぼけて行き過去を忘れて行く中で自分をいかに思っていたかという事に気づいていく母と子の愛情物語を主人公の兄弟、家族を巻き込んだドラマです。昭和43年代から10年間の話。
好きな伊豆がふんだんに出て最後の海辺で母をおぶっているシーンは沼津の御用邸裏の海岸、湯ヶ島の山葵田など個人的には懐かしいシーンも盛りだくさんだった。樹木さんの演技に何度も笑いがあり心配したハンカチは使わない映画でした。
内容とは別に小説家でスタッフ、家族、兄弟が多くいるので10年間をこなせたが一般家庭では介護だけで疲れ果て、家族崩壊になっているかなぁと思いました。人事で笑っていますが自分が現実の立場だったらと思うと、、、、、、、。
終了後近くの先週行った川崎・砂子の里資料館へお邪魔して今回は浮世絵に付いている駒絵を中心にみました。浮世絵の駒絵とは画面の中のデザインしたフレームで絵や場所に関連したものが描かれています。69枚色々な駒絵があります。ひとつの謎解きでもあります。特に私は歌舞伎が解っていませんので余計解らない物があります。(大きい写真は左側畑宿役者見立の駒絵のアップです。)今日はお土産や戴き物が多く和菓子は買わず、トレーニングまで時間もあり郵便局巡りを。近くの3局スタンプゲット。
帰りにはJR川崎駅で沖縄の角角に良くある「石敢當」を見ました。これは昭和41年沖縄が台風被害にあい特に宮古島の被害がひどく川崎市議会などが見舞金を贈ったそのお礼のようです。「石敢當」は中国の名力士の名前だそうで、沖縄では魔よけとして至る所で見る事ができます。
今日は沖縄返還40周年の日にあたります。銀座のわしたショップへ行って瑞泉で島らっきょ、海ぶどうで一杯かなぁ。
明日で沖縄本土復帰40年を迎える。返還前から沖縄に毎年のように数カ月づつ滞在していました。その後も何度も行っている好きな県でもあります。また、好きだから行けない分都内のアンテナショップや神奈川鶴見の沖縄村に行ったりしています。
今は県市町村の首長が政府に対して不信感を持っていますが、昨年佐賀県では当時の海江田経産、原子力担当大臣から玄海原発の再稼働の依頼に対して県、村も了承した後、管総理からストレステストという訳のわからない方針を出され、政府に対する不信感がつのり現在も迷走。
沖縄でも県、市もほぼ了承していた辺野古移転案を当てのない県外移設と云う御旗を立て折角の了承も当然撤回、結局行き先がなくなり現在も米軍が認めている危ない場所での離着陸をしている。サンゴがどうのこうのと云っても沖縄には他にもっとあります。
沖縄は米軍の27年間の統冶で交通、医療、教育などあらゆる分野で本土との経済格差が広がり基地経済に依存する構造が生じてきた。本土復帰後10兆円を超える振興予算が投下され社会インフラは本土並みになっては来ました。公共事業、基地経済、そして観光事業と少しづつ経済の柱になって来ました。
未だ全国レベルで県民所得、失業率が全国最悪、そして同じ県内でも離島が多いと言う事もありジニ係数が高く地域間格差が広がっている。沖縄では1000万円を超える納税者が全国9位、所得5000万円を超える人も多いと言う。
これからは産業の育成が課題ですがもう40年経ってまだ同じ事が課題になっています。それでも沖縄は全国平均で断トツの人口増加で出生率も一番、平均年齢も40歳と全国一というこの労働力を潜在能力として経済政策を自前で建てて行くのが復興になるのですがじゃぁ何が良いのかという問題が解決できていない。
結局、基地反対と云いながら基地経済、観光経済で成り立っている。そして沖縄気質がまた何とかなるさといった良い意味で互助制度?悪く言えば呑気さがある意味邪魔をしている。原発と同じでない方が良いがなければ生活が出来ないというジレンマがある。
政府も防衛という国の方針をしっかり立て1部の反対、多くの本土反対活動家に惑われずにしないと、すぐ隣は中国、韓国、北朝鮮、台湾になっています。今の法律では防衛がおろそかになっています。現行米軍の基地は必要です。
好きな沖縄、昔から行っていた沖縄、人ごとで言えば基地の町で、南国観光の町で良いのではと思ってしまいます。
今は県市町村の首長が政府に対して不信感を持っていますが、昨年佐賀県では当時の海江田経産、原子力担当大臣から玄海原発の再稼働の依頼に対して県、村も了承した後、管総理からストレステストという訳のわからない方針を出され、政府に対する不信感がつのり現在も迷走。
沖縄でも県、市もほぼ了承していた辺野古移転案を当てのない県外移設と云う御旗を立て折角の了承も当然撤回、結局行き先がなくなり現在も米軍が認めている危ない場所での離着陸をしている。サンゴがどうのこうのと云っても沖縄には他にもっとあります。
沖縄は米軍の27年間の統冶で交通、医療、教育などあらゆる分野で本土との経済格差が広がり基地経済に依存する構造が生じてきた。本土復帰後10兆円を超える振興予算が投下され社会インフラは本土並みになっては来ました。公共事業、基地経済、そして観光事業と少しづつ経済の柱になって来ました。
未だ全国レベルで県民所得、失業率が全国最悪、そして同じ県内でも離島が多いと言う事もありジニ係数が高く地域間格差が広がっている。沖縄では1000万円を超える納税者が全国9位、所得5000万円を超える人も多いと言う。
これからは産業の育成が課題ですがもう40年経ってまだ同じ事が課題になっています。それでも沖縄は全国平均で断トツの人口増加で出生率も一番、平均年齢も40歳と全国一というこの労働力を潜在能力として経済政策を自前で建てて行くのが復興になるのですがじゃぁ何が良いのかという問題が解決できていない。
結局、基地反対と云いながら基地経済、観光経済で成り立っている。そして沖縄気質がまた何とかなるさといった良い意味で互助制度?悪く言えば呑気さがある意味邪魔をしている。原発と同じでない方が良いがなければ生活が出来ないというジレンマがある。
政府も防衛という国の方針をしっかり立て1部の反対、多くの本土反対活動家に惑われずにしないと、すぐ隣は中国、韓国、北朝鮮、台湾になっています。今の法律では防衛がおろそかになっています。現行米軍の基地は必要です。
好きな沖縄、昔から行っていた沖縄、人ごとで言えば基地の町で、南国観光の町で良いのではと思ってしまいます。
和菓子屋―川崎屋東照月に1度はお邪魔する川崎・砂子の里資料館の同じ旧東海道川崎宿の多摩川寄りの川崎屋東照(とうてる)、創業100年を迎える老舗の和菓子屋さんです。
かわさき餅、かわさき、多摩川と地名が付いた和菓子を購入しました。このお店はどら焼き、大福などレギュラなーお菓子も当然販売しています。お店の看板商品はかわさき餅のようです。
かわさき餅は、みたらし団子の大きいのが串に刺してあり味は甘いみそ味です。微妙に違う味が楽しめますが、ちょうど家族で2本づつで良かったですが残したら硬くなってしまうようです。
かわさきは、蒸した大福?と云ったような感じのふあっとした皮に杏の香りと粒餡がはいった上品なお菓子です。逆に多摩川は皮がパリッとして鮎をデザインした変わったどら焼き?でしょうか。色々和菓子は食べていますが今までの感覚とちょっと違った和菓子です。川崎・砂子の里資料館の帰りにはこのお店のお菓子を少しづつ戴く楽しみが出来ました。
足利には何度か来ていますがフラワーパークは初めてです。隣の佐野市の人間国宝田村耕一陶芸館に弟の後藤さんと毎年行っていますが高齢の為今回は一人ですので丁度藤の時期ですので見学に。東武足利市駅からバスで25分位乗って到着、この時期はシャトルバスは300円です。藤の時期以外は無料、また入場料も藤の咲き具合で900円から1700円のようです。今回は1700円でした。
帰りに何時も寄る鶴里の佐野ラーメン、踏切寿司を購入、最中、ラーメン、稲荷セットと重いお土産になりました。

今日は栃木の足利市の藤で有名なフラワーパークへ行きました。恒例になっている途中の佐野市の田村耕一陶芸館も行く予定で調べました。
自宅からJRで日暮里乗換え、常磐線取手行きで北千住、東武伊勢崎線で足利市。時間は同じ2時間19分、運賃は1310円。
自宅からJR上野駅、東京メトロで北千住、東武伊勢崎線で足利市。時間は2時間22分、運賃は1310円。
時刻表はJR優先ですから路線図で調べ、その乗換えを調べ、私鉄が何本かあれば時刻表の後ろ側でまた調べると言ったまどろっこしいことになります。今まではそれも楽しく地方鉄道では良いのですがこのように私鉄が何本もあるとちょっと大変です。
時刻表は駄目かといえば必ず手元には置いて暇つぶしにも見ています。無人島に1冊本を持っていくなら多くの人が聖書と言っても私は大版の時刻表にします。
足利フラワーパークと人間国宝田村耕一陶芸館の話は写真の整理が出来ず明日にします。
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