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今日は久しぶりに京急本線を品川から浦賀まで往復した。昨年京急のカレンダーを戴いた時に1月から12月まで沿線の各代表的な名所が出ていましたが今回の京急のカレンダーの正月は叶神社でした。合格切符を出したりして名前は知っていましたが実際には行った事がありません。昨年は毎月カレンダーのところをウオーキングを兼ね行こうと思っていました。1月ぎりぎりの達成です。

高校時代から夏の合宿?を観音崎でやっていました。その最寄駅が浦賀ですが全く近くは通っていても寄ったことはありませんでした。叶神社?どうせ京急が沿線開発、名所造りで弘明寺の観音様を寄贈したのと同じように感じていました。

温かい日差しに誘われ京急に乗り浦賀へ一時間くらいで着きました。徒歩15分とあり浦賀駅を降りると昔と同じドックがまん前にありますが山の上までマンションや家が沢山建っています。商店街はちょっと変わりましたが相変らずのようです。何とか海岸線の叶神社へ着きました。カレンダー通りの彫刻が立派な神社です。

叶神社は実は東と西があります。京急のカレンダーは西叶神社です。本殿の参拝する社の上にも彫刻が施されています。叶神社は源頼朝が源氏再興を願った神社だそうです。なんだか数年前にいた伊豆と同じようなものだと思いながら参拝をしました。

東へは前の浦賀湊を渡し船で渡るのが近く横須賀市の海上県道になっています。東叶神社は質素で階段横には頼朝が寄贈した伊豆の蘇鉄が植えられています。また本殿の裏は山でここは昔房総の里見家が攻め入ってくるのを防ぐ出城として浦賀城があったようです。ここの奥宮では勝海舟が咸臨丸に乗り込む前に友人中島三郎助を訪ねこの社で断食修行をして祈念して浦賀から太平洋横断の日米通商条約の批准に向ったようです。

そんなこんなで絵馬には学校に入学できますように、会社に入れますようにといったお札が沢山かけられています。この山は標高50メートルだそうですが急階段で息絶え絶えで何とか上りました。常緑広葉樹の北限になっているようで頂上は平らですがここに昔お城があったのかと思いながら眼下には浦賀湊で黒船がいたと思ったり小さい社で勝海舟が断食修行をしたんだと思うと何となくロマンを感じました。

あまり参拝客はいませんが手をつないだアベックが数組、この人たちの願いも叶うと良いなと思いながら渡し舟にのりました。
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