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京急梅屋敷下車ー①大林寺(大森中2-7-19)ー②密乗院(大森中2-17-5)ー③三輪神社(大森中3-17-15)ー④梅屋敷公園(蒲田3-25-6)-⑤椿神社(蒲田2-20-11)-⑥円頓寺(蒲田2-19-15)-⑦薭田神社(蒲田3-2-10)-⑧栄林寺(蒲田3-1-16)-⑨妙安寺(蒲田4-18-15)⑩蒲田八幡神社(蒲田4-4-18)-京急蒲田駅ないしJR蒲田駅

大林寺 大森中
2-7-19

日蓮宗 長亨山 薬王院 池上本門寺の末寺

7世日了が天正年間(1573-1592)七面大天女を勧請、大森の七面様と呼ばれ戦前まで縁日で賑わった。建物は戦災にあい焼失。

 

12世日好は享保年間(1716-1736)村民の窮乏を解消する副業として「麦わら細工」を村民に教え東海道筋のお土産玩具として販売させ大森名物となる。当初は箱や小型の屏風などの表面に色を染色した麦わらを貼り付けたものからその後生き物玩具などを編んで作る物に変わっていく。

 

享保14年大森村甲子講が建てた池上道標がある。元は東海道筋にあったものが道路拡張により当寺に移されたようです。高さ1.62Mの池上までの道しるべとしては比較的大きいもののようです。

 

池上道と刻し側面には品川へいきぬけと書かれ池上本門寺を参詣して品川宿へそのまま行けることを示している。都内では旧東海道に残っている数少ない道標です。

 

非公開ですが三面大黒天画像がある。紙製着彩の絵。戦国武将武田道遥軒信綱の永禄7年(1564)の作。武田信玄の弟で天正10年織田信長に滅ぼされた。この地区には武田の没落後落人となったという伝承もある。

 

大林寺の梅屋敷駅をはさんで反対側に妙典寺という日蓮宗のお寺があるがそこはこの地域をおさめていた蒲田四郎入道道儀の墓碑や武田氏の武将の末孫という嶋田家、荘官といわれる杉原家のお墓がある。

 

大林寺は現在本堂、庫裡の屋根などを修復中。屋根は軽いチタンでの葺き替えだそうです。尚、此処の前住職新倉善之氏は大田区史編集主任専門委員で数多くの著作があります。大半の人がこの方の「大田の史話」、「大田区史跡散歩」、「大田区の歴史」などを参考にしています。大田区文化財保護審議会委員、大田区立郷土博物館運営委員など。大田区の歴史に関しての重鎮です。

 

商店街活性化の一環で本堂を貸し出し商店街主催の落語会、境内では植木市なども開催。お寺と地元との融合も図っています。昔の七面大天女ではないですが三面大黒天で決まった日の商店街も門前町として縁日?を開いてもらいたいものです。

 

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