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昨日携帯を新しく購入しました。しかし、同じような機種にしたのですが中々使いにくい。
とりあえずブログの場合文章だけでも良いのですが説明下手でとりあえずピンボケでも写真があると解りやすくなる。今までは横と縦とサイズが分かれていましたが今回の機種では縦ばかりに。何処か見れば使い方がわか
るのでしょうが今は解りません。
読売朝刊に何処かで見た人が、良く見ると日本書鏡院の長谷川先生でした。月3回、衆議院宿舎で朝6時から与野党の国会議員に書を教えているようです。
父の耕南先生の跡をついで指導は37年になるようです。そしてこの会は「かこう会」と言って昨日まで東京都美術館で展覧会が開催されていたようです。耕南先生が始めたのは1960年だそうです。
政治家の先生は書くことが多いので人知れず早朝から練習をしているようです。やはり書は心の鏡のようです。懐かしいお顔が新聞で見られ何となく嬉しい一日でした。
写真の書は大分昔に正月挨拶の時に耕生先生から戴いたものです。
我が家からは京急、JR、東急と3つの会社の鉄道が使えます。京急は2001年から2012年に京急蒲田駅高架事業を中心とした平和島駅から雑色駅まで、空港線の分離高架化の工事が終了しました。
多くの踏切がなくなり特に環八は高架化により渋滞が解消されました。そして今は大森町、梅屋敷、京急蒲田、雑色、糀谷などの駅舎及び周辺工事が行われています。
後は高架下の使い道位だと思ったら平和島~大森町までの高架が仮設で立ち上げたのか未だに工事をしています。全体工事は2016年に完了予定だそうです。
また京急川崎駅からの大師線も長く工事をしています。此方は高架でなく地下化工事です。途中の京浜工業地帯への動脈の産業道路の下へ通るようです。
全線地下化は川崎市の縦に走る川崎縦貫鉄道(新百合ヶ丘から大師原)川崎からこの大師線へと結ぶという事で始まっているようですが、市長の交代、利用見込みなどで暗礁に乗り上げています。
また地権者との合意が出来ない部分もあり京急自体も工事完了時期の延長も。地下化と言いながら老朽した港町駅は地上に立派な駅舎に改良されたりちぐはぐな工事が行われています。
安全安心の鉄道事業ですが中々思うようにいかないようです。大師線の沿線では大企業が撤退して会社数は少なくなっています。しかし朝夕は通勤通学の人で満員電車ですがやはり大動脈の産業道路地下化が優先でしょうね。
この他にまだバリアフリーのエスカレーター、エレベーターが設置されていない駅の改良工事など毎年何百億の予算を計上しています。利益が少なかったり赤字の鉄道会社は目に見えない普段からのお金が出ていくので大変でしょうね。
しかし、やらなくてはJR北海道のような事故になってしまいます。
全国鉄道情報はhttp://www.tetsudo.com/
私は学校を卒業後入社した会社が最後まで同じ会社でした。ですから他社を知りません。携帯を落とし美術館の写真も載せられないので自慢でも何でもないのですが今日のブログにしました。
今成長戦略で仕事の成果で賃金を決める新しい働き方の導入について特に左系マスコミが叩いている。
年収一千万以上という人が対象です。マスコミでコメンテイトしているジャナリストは残業代が付くのか?タレントなどもあくまでも契約で当然のように長引いても残業が付くとは思えない。
M党の若手が代表質問で民間ばかりいじめ役人はどうなるんだと質問していたが役人でも一千万円以上は当然幹部ですからと軽くかわされていた。
私自身は入社5年後から幹部ではなかったが残業は付かなかった。勿論平均残業に見合う手当として支給はされていた。
それどころか50一寸すぎからサラリーマンの楽しみのボーナスも無くなった。(給与はボーナスを含んだ金額でしたが)。そして暫くしてからは年俸制になった。当然毎年変わる事になる。会社業績はあまり良くなかったから役員賞与は残念ながら貰い損ねた。
団塊の世代と言われる我々世代は学校時代から競争主義で生きてきた。そんな生活だったから今回の成果主義にはそんなに疑問も持っていない。
昨日、携帯と小銭入れを何処かに落としてしまったようです。
昨日の午前中の行動は菩提寺参拝してトレーニングへ行き、帰りに餅菓子屋へ寄って帰宅。シャワーを浴びて昼食後、2時半からの朗読会へ行こうと小銭、携帯などをポケットに入れようとしてないのに気が付く。
何度も探すが家にはない。トレーニングルームのインストラクター、会館受付と聞くが届いていない。和菓子屋ではお釣りを小銭入れに入れた記憶がありますが此方にもない。お寺にも届入れはない。
かみさんにドコモに電話してもらい全部遠隔でロックをしてもらった。この携帯は長く使っていて友人知人は社長、議員をやっている人が多く迷惑を掛けられないのでとりあえずホッとした。
トレーニングルームのロッカーでは上着のポケットの名刺入れを着脱の時良く落とすので注意はしていたが、ズボンのポケットはそんなに注意はしていなかった。
自転車を漕いでいる時に落としたのだろうか?どうも解らない。当然、今も出てこない。困った。
今はメールが多いが電話もかってこないのも何だか不安な生活になる。携帯は生活の一部になっているようです。
今朝のブログでは渋谷駅東急・JRの再開発をふれましたが読売朝刊にはこの他に3つJR東日本の記事が出ていました。
1、 東京駅丸の内側駅舎前広場(18700平方メートル)を「都市の広場」として大改修。その地下エリア(19000平方メートル)も一新し新たな店舗群を設けるようです。完成は17年夏を予定。
2、 山手線に来秋新車両導入
現在はE231で環状線1周約一時間、34.5Kを1編11車両成、4ドア車で運行しています。1時間あたり2分20秒間隔で25編成が走っています。
新型はE235系で前面に緑色で車体には乗降ドアに縦に緑のラインが入り、現在の横のラインは無くなる。
車内の中吊り広告はデジタル化、車内は優先席を増やし車いす、ベビーカーの利用客が使えるフリースペースも各車両に設けるそうです。
3、 JR飯田橋駅ホーム移設
電車とホームの隙間が発生し事故が多発している飯田橋駅を200m西側に移設する工事を始める。
丸の内広場は確かに横断するにも面倒だし、車の駐車スペースも少ないし、地下の総武・横須賀線の換気塔が景色の邪魔にもなっていました。
山手線はE231という前のタイプですからドア上のモニターも時計が付かなかったりいつかは新型にと思っていましたが入れ替えが早い。現在52編成ありますから、ちかじか宇都宮線や高崎線へ転籍になるんでしょうか。
飯田橋は急カーブにホームがあり現在のような長い11車両だと30センチ位の隙間が出て混雑時下を見られずそのままホームへ流されると落ちる危険性は十分あるこちらが先に改修をすべきだった。
鉄道情報はhttp://www.tetsudo.com/
昨日はママリンから食事がてら渋谷Bunkamuraへ行かないかと言われ、普段より早めにトレーニングをやって12時前に帰宅。
ママリンはBunkamuraでお友達の個展があるとの事、私は地下のザ・ミュージアムの「デュフィ展」の招待券があるが余りこの展覧会は?と思っていたがママリンのお友達の個展よりは良いだろうと向かう。
暑い中、Bunkamuraに到着、しかし何と今日は水曜日なのに入れ替えの為休館。いやぁ参った。
1階のラウンジにあさのたかを氏の木壁画の展覧会が開催中。天然の木の色や木目だけで描く作品です。富士山の風景や動物など子供から大人まで楽しめる珍しい作品です。高いのは数十万円、安いのは10万以下で販売中です。
折角来たので東急本店脇の坂を登っていくと渋谷区立松涛美術館があります。何をやっているかわかりませんがとりあえず向かう。「藤井達吉の全貌」と言う展覧会でした。入館料500円ですが60歳以上は半額。こういう時だけ60を超えて良かったと思う。
藤井達吉と言う名前は初めて聞く。大正から昭和に活躍した工芸家?七宝、彫刻、陶芸、日本画、木版、刺繍などなんでもござれの作家だったようです。
何方かと言うとデザイナーのような感覚で全てが出来ないとと云った普段使いの工芸を目指したんだろうか。特異な作家さんのようです。
渋谷は大変な人ですが現在は東急の再開発にJRも再開発中です。営業しながらですから大変な工事です。数年するとこの景色が一変します。
7月場所番付発表
7月13日から名古屋場所が始まります。
白鵬の30回目の優勝か、エジプト出身大砂嵐が横綱以下上位と対戦、人気の遠藤は西5枚目で今場所は勝ち越せるか、魁皇の在位記録を超えた関脇豪栄道そろそろ大関へ、するすると栃煌山が抜け出すのか。
十両では湊部屋の逸ノ城が今場所も優勝か?組んでも離れても抜群に強い。2場所優勝が懸かる。
高砂部屋の力士も怪我なく好成績を期待。花ちゃんが休場明けから幕下へ復帰、朝弁慶も自己最高位幕下15枚目に躍進、勝ち越して一桁になれば十両が見えてくる。
暑い名古屋場所相撲も熱く力士の健闘、裏方関係者の皆様のご健勝を祈ります。
知ったかぶりで番付の真ん中上に書かれている蒙御免は(ごめんこうむる)江戸時代の相撲興行は幕府の許可が必要で勧進元に許可を得たという名残りだそうです。
一番下左の千穐万歳大々叶(せんしゅうばんざいだいだいかなう)千秋楽まで土俵の無事と大入り満員を祈願したもの。秋は火があり穐に代えているそうです。行司木村朝之助氏に聞いた受け売りです。
500個の南部風鈴が涼しげに鳴っています。6月29日から第10回になりました池上本門寺の平和を祈る南部風鈴の音を聴く。そして短冊には願い事が書かれています。7月29日まで開催。
梅雨時の雨が上がった中、一層緑が濃くなり池上の山はとても気持ちの良い空気が流れています。
慶長年間加藤清正が寄進したという96段の石段(此経難持坂)を登りきった所から仁王門までの間に500個の風鈴が釣られています。
お昼過ぎはとても日差しが強かったが風もあり風鈴の音が一層涼しげに感じます。手を合わせる前に心も清々しくなります。
参拝後五重塔の脇を降りた朗峰会館内の松濤園桜で庭園を見ながらお茶して帰宅。何となく心穏やかな時間が過ごせました。
自由は、あり過ぎると扱いに困る。
駕籠の鳥は外に出されるとすぐ外へ飛び立つのだろうか。
暇が出来たので心行くまで汽車に乗ろう、思う存分に時刻表を駆使してみよう、と張り切っているのだが、どうもこれまでと勝手が違う。
いったい、どこから手を付けたらよいのか。
会社勤めをしていた時の私の旅行は、金曜日の夜から月曜日の朝までが限度であった。その範囲でどこまで行けるか、どの線とどの線に乗れるか、時刻表を開いてそれを検討するのが私の楽しみであった。
そして気に入った案ができると実際に乗りに行った。「時刻表に乗る」ためのような旅行であった。・・・・半月でも一か月でも自由に乗り回れる状況を前にすると戸惑いを覚える。
旅行の日程は、何らかの制約の上に成り立つ。むしろ制約があるから日程が必要になる。行先も時間もすべて意のままでは、時刻表を見るにも気合いが入らない。
上記は鉄道フアンでは神と言われる宮脇俊三氏の「最長片道切符の旅」の序章です。この本と時刻表は私のバイブルです。
最長片道切符とは一筆書き切符の最長と考えられるもので、当時の国鉄現在のJR線を環状線一周を超えない。途中で折り返さないという条件で北海道から九州まで乗り回す旅です。
宮脇氏の最長片道切符は昭和58年に北海道の広尾から九州鹿児島の枕崎までの13,267Kを走破、通過駅3,186駅、当時の国鉄は21,011K、5,137駅ですから約6割を一枚の切符で走破しました。切符の有効期間68日、連続ではありませんが34日で達成。
現在では廃線が続き宮脇氏のスタート駅の広尾線もありませんし、新幹線開業に伴う三セク変更や廃止に伴いもうこの記録は破られません。
私は学生時代からずっと休みの日や休暇を取って全国各路線を乗っていますがまだ未乗車路線が多くあります。とりあえずはより多く乗りつぶしていきたいと毎日が日曜日になったのに気持ちだけで中々時刻表を開かない日々です。
47都道府県県庁所在駅を全制覇は佐賀が残っていますから此れだけは達成したい。達成すれば当然、筑紫線、唐津線、佐世保線、松浦鉄道にも乗れます。佐賀城、唐津城、名護屋城、平戸城も制覇できる。
あれも此れもと欲張るので中々達成が出来ないのかも。20数年前から長崎佐賀を残していた。ひょんな事から長崎は飛行機で2度ばかり行っている。今計画中は山形そして平成の修理が終わった姫路城などで気が多くどうも難しい。やはり佐賀は当分行けないかも。
日々鉄道ドットコムhttp://www.tetsudo.com/で九州の情報は見ているが。
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