美術館・鉄道・お城・お相撲・お友達の話など趣味のブログです。
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ちょっと異様に感じるのはメイドスタイルの子がお店のチラシやお店の勧誘をしていたりします。もうAKBが有名になっていますから当然の風景でしょうがお爺さんにはちょっと戸惑いがあります。
万世警察署前には高い七夕飾りがたなびいています。その近くが萬世橋です。その橋の横に赤レンガのアーチの上を電車が走っています。
この喧騒から落ち着いた神田の町へ蕎麦でも食べにと。
詳細は鉄道コム鉄道ニュースでhttp://www.tetsudo.com/
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月の第一金曜日はこの所定例になって来ました「時代小説・聞いて楽しむ文学散歩」を聞いています。大森の大田文化の森にて開催されていますが、出かける前に小雨でしたので自転車は止めて徒歩にて会場へ。
内容は息子夫婦を失くした女性は、可愛がった孫を唯一将来を楽しみにしていたがやくざ者になり最後は自分で孫を殺してしまうという後味の悪い小説です。勿論此処へ行くまでの心の動きが藤沢周平の筆の素晴らしさなのでしょうか。
終了後普段はそのままトレーニングに向かいますが、今日は永い付き合いだった友人の通夜で、夕方から神奈川まで向かいますので中止しました。明日は七夕で会いたい人に会える日ですが、残念がら送る日になりました。
会社は違いましたが、良く飲み旅にも行きました。ちょっと飲み過ぎから肝臓を痛め、退院後からはお酒を飲んでしまうからと会う事はなかった。そんな中の訃報で、今日の話と同じ神隠しにあった気持です。ご冥福をお祈りします。
朗読会の道すがら名前の解らない綺麗な花がありました。
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内容は息子夫婦を失くした女性は、可愛がった孫を唯一将来を楽しみにしていたがやくざ者になり最後は自分で孫を殺してしまうという後味の悪い小説です。勿論此処へ行くまでの心の動きが藤沢周平の筆の素晴らしさなのでしょうか。
終了後普段はそのままトレーニングに向かいますが、今日は永い付き合いだった友人の通夜で、夕方から神奈川まで向かいますので中止しました。明日は七夕で会いたい人に会える日ですが、残念がら送る日になりました。
会社は違いましたが、良く飲み旅にも行きました。ちょっと飲み過ぎから肝臓を痛め、退院後からはお酒を飲んでしまうからと会う事はなかった。そんな中の訃報で、今日の話と同じ神隠しにあった気持です。ご冥福をお祈りします。
朗読会の道すがら名前の解らない綺麗な花がありました。
鴫原氏は、日本で珍しい色鉛筆画家です。その色鉛筆も書くのでなく重ねた色を削り出すという技法で描く作家です。2点ほど持っていますがたんぽぽの綿毛が飛ぶ絵はとても幻想的です。
この展覧会は公募展で沢山の入選、佳作などが展示され、点数が多い為作家の頭文字の「あ」から順次展示され7月17日まで4期に分かれて展示されます。丁度「し」は第2期になりました。当然冠賞などは全期間展示のようです。
この会期は「か」から「し」までの方の作品ですがもの凄く多く展示されています。入賞おめでとうと言っても大して喜んでいなかったのはこの事かと納得。個人的には此れが風景という作品もかなりあります。お城や列車の絵もかなりありました。
主旨は「日本の自然を描く展」は、美術の啓蒙、普及を目的とし、絵を描く人たちを主な対象として毎年開催しているようです。
本展は、絵を描くことを職業としている人や趣味で描いている人たちを区別することなく、絵を描くことが好き、楽しいと思っている人たちが気軽に参加でき、自分の作品の発表の場となるような展覧会を目指しているようです。
京浜急行では2年後の完成を目指し高架事業が行われています。京急蒲田駅を中心に本線は平和島駅から六郷土手駅までの高架事業、京急蒲田駅から空港線も高架事業が同時に行われています。また大師線は地下化工事が始まっています。
前にも書きましたが京急蒲田駅では空港線ホームは1つでした。そこへ品川方面から来る羽田方面行が数分単位で入って来ます。その間隙を縫って羽田方面から品川方面、神奈川方面が入って来ます。
神奈川方面行は京急蒲田からスイッチバックして横浜方面へ行きます。その間に本線の品川から神奈川方面へ普通、急行、特急、快特と走って行きます。もうアクロバットのようなダイヤ編成です。良く事故を起こさないと不思議です。各駅でちょっとした遅れがあれば大変なことになります。
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写真の運行版ですが羽田からエアーポート急行新逗子行きが先に来ます。京急蒲田発11:56、その3分後に隣のホームに三崎口行き快特が入ります。急行、快特は京急川崎が停車駅です。
今は先行したエアーポート急行逗子行きが先に京急川崎駅に到着して、後発の三崎口行きを待っています。当然快特ですから到着後、先に出て行きます。以前エアポート急行がない時は羽田から特急が来て同じように先行しますが、京急川崎駅手前で止まり、後発の快特を待ち、入線後その快特後ろに接続していました。先に乗ったのに川崎下車の人は遅れて下車になっていました。この不満の解決がなされたようです。
エアーポート急行は名ばかり急行で空港線へのお客の便宜を図るための電車で、普通のちょっと停車駅が少ない電車です。JRへ行かせない、モノレールを利用するお客の取り合いの電車のようです。
JRも私鉄ですがやはりまねのできないダイヤ編成を組み、アクロバット的なスジを書いています。これが2年後は京急蒲田駅が高架駅の2階建ホームになりますからもっとスピードアップしたダイヤになるんでしょうか。それにしても良く考えています。
全国の鉄道イベント、ニュースはhttp://www.tetsudo.com/
前にも書きましたが京急蒲田駅では空港線ホームは1つでした。そこへ品川方面から来る羽田方面行が数分単位で入って来ます。その間隙を縫って羽田方面から品川方面、神奈川方面が入って来ます。
神奈川方面行は京急蒲田からスイッチバックして横浜方面へ行きます。その間に本線の品川から神奈川方面へ普通、急行、特急、快特と走って行きます。もうアクロバットのようなダイヤ編成です。良く事故を起こさないと不思議です。各駅でちょっとした遅れがあれば大変なことになります。
今は先行したエアーポート急行逗子行きが先に京急川崎駅に到着して、後発の三崎口行きを待っています。当然快特ですから到着後、先に出て行きます。以前エアポート急行がない時は羽田から特急が来て同じように先行しますが、京急川崎駅手前で止まり、後発の快特を待ち、入線後その快特後ろに接続していました。先に乗ったのに川崎下車の人は遅れて下車になっていました。この不満の解決がなされたようです。
エアーポート急行は名ばかり急行で空港線へのお客の便宜を図るための電車で、普通のちょっと停車駅が少ない電車です。JRへ行かせない、モノレールを利用するお客の取り合いの電車のようです。
JRも私鉄ですがやはりまねのできないダイヤ編成を組み、アクロバット的なスジを書いています。これが2年後は京急蒲田駅が高架駅の2階建ホームになりますからもっとスピードアップしたダイヤになるんでしょうか。それにしても良く考えています。
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キマロキとはキカンシャ+マックレー+ロータリー+キカンシャという編成の排雪列車で各頭文字をとったものです。マックレー車で線路周辺の雪を掻き寄せ、ロータリー車で雪を跳ね飛ばすというシステムです。
マックレー車、ロータリー車はともに戦後23年汽車製造株式会社で製造されたものでマックレー(キ916)、ロータリー(キ621)雪を高さ9M、距離40Mまで跳ね飛ばす能力があった。動力の近代化によりディーゼル式ロータリーに変わって行きました。
写真は明治26年当時の東海道線、交通の難所として江戸時代から有名な薩埵峠(さった)付近を走るSL、写真が小さく不明。興津駅は東海道(国府津―静岡)開通と同時に営業を開始、気候風土が良い為、明治の元老、井上馨、西園寺公望、伊藤博文などが相次いで別荘を構えたため大正から昭和にかけて政客の往来が激しく日本の政治の中心地とまで言われ特急列車も臨時停車するなどしたようです。
明治41年8月河南鉄道(近鉄南大阪線)が新設した玉手山遊園地開園記念ですが写真は当時活躍していた6両連結サイドタンク付蒸気機関車(ナスミス・ウイルソン製、大和川橋梁を走っています。
各鉄道事業者のニュース、イベントはhttp://www.tetsudo.com/
1番下の写真になりますが千社札の各会員の自慢のお札が描かれています。この3枚で1セットになります。
尾上菊五郎が纏いを持っています。纏いの田は神田の田からきているようです。そして1番組よ組は町火消の中で最大の人足数700名以上を数え人気も最高でした。よ組の担当地域は神田明神下界隈です。尾上菊五郎の屋号「音羽屋」が襟に書かれています。
それまでは幕府直轄の歌川広重も仕事をしていた「定火消」、「各藩の大名火消」でしたが処理能力の限界により徳川吉宗の命により享保3年南町奉行所大岡越前守忠相が自衛の「町火消」を組織します。
江戸城下に「い組」からいろは47組が編成されその後1組増やし48組の本格的な町火消制度となって行きます。、
「町火消し」は、出火地点の風下側の家を人海戦術で迅速に撤去し延焼を防ぎました。消火と云うよりは鳶などにより周りを取り壊す方法だったようです。いなせで命がけで庶民の財産を守る彼らは大人気だったようです。
「いろは」の中で、ひ・へ・ら・んの4つはなく例えば1番組はい・は・に・よ・万で2番組は百・千・ろ・め・も・せ・すというようになっていたようです。
今月の絵はまだ1枚広重の東都名所が残っていますが時期をずらせてしまいましたのでまた、春にでも載せようと思っています。
車中ではすぐ車内販売もあり眠気覚ましのコーヒーを戴く、新幹線や特急列車のような優等車両はこの様なサービスがあり快適だ。そしてスピードもあり目的地には直ぐ着ける。反面、車窓からの景色は余り良いとは言えない。
今回は山形新幹線開業20周年記念切符を買う為に行きましたが残念がら購入は出来ませんでした。それではと修復中の白石城を見学に行きました。福島がいつの間にか宮城県白石の旅になっていました。
この乗り換えの時間、待ちが多ければ駅舎から出て町の雰囲気を楽しんだりお土産屋を覗いたり、別のホームにいる違う列車を見たりとその時間を楽しむ事も出来ます。
また車窓からの眺めも楽しめます。今の時期は森も近くの田んぼも緑一色、素晴らしい同じ緑でも違う色を楽しめます。また、農家の建物が立派で小さいお城のようなお家も見られます。当然、白河駅のように目の前にお城を見る事も出来ます。大分修復工事も進んでいるようです。
ただ、飲み物などのサービスが無いので事前に購入しなくてはなりません。また、都会の通勤用電車の代替の電車はロングシートになっている場合が多くなってきました。やはり旅の列車はクロスシートやセミクロスシートが良い。
ロングシートでは通路と向かい合わせで駅弁も食べづらく、ましてお酒は飲めません。今回は残念がら全部ロングシートでした。車窓も隣の人を気遣いながらの見学です。乗車券だけですから4600円で帰る事が出来ますが時間は5時間。行きと同じように4千円を足せば1時間半で帰る事が出来ます。
前は時間を買う為に優等列車に乗っていましたが今は、トコトコ列車に乗る事が多くなっています。また途中をショートカットする為に優等列車に乗り景色の良い所をトコトコ列車に乗ると言う方法も取っています。
夏は友人と瀬戸内方面のお城めぐりを計画中、遠いのでトコトコと優等列車の乗り継ぎになります。
東北の鉄道ニュース・イヴェントは下記鉄道コムで
http://www.tetsudo.com/
通称 益岡城
構造 平山城
天守 なし、三階櫓、1995年木造にて復元
城主 白石氏、蒲生、上杉、片倉氏
遺構 石垣、移築門
開門 9時~17時 休館年末、300円
現在は修復中。
伊達藩から豊臣秀吉に取り上げられたがまた伊達藩になり明治まで伊達藩の支城、珍しく一国一城から対象外にされた。天守代用として三階櫓を用いているが幕府への配慮で天守そのものの大櫓で付け櫓がある。
ネットで見たらたまたま1日は城内見学が出来るという事で福島から30分の宮城県白石へ来ましたが、ヘルメット着用で1階まででちょっと拍子抜けの見学でした。今回は時間もなく駅から無料レンタサイクルで市内を廻りました。
このお城は、史実に基づき木造復元のお城ですが、このお城を有る意味有名にしたのは、明治維新の奥羽越31藩同盟でこのお城で結ばれました。結果は新政府軍に負け白石の人は追放され蝦夷地で開拓民となります。現在も北海道には白石区や白石駅等多くの名前が残っています。
http://www.copint.jp/our-town/03.html
昼食は白石うーめん+まぜご飯を戴き、途中蔵王酒造の大吟醸アイスクリームもデザートも珍しく戴きました。お土産は蔵王酒造辛口4合瓶の大吟醸、そこの麹を入れた温麺、鐘崎の笹かまぼこがお土産。今回は少なくしたつもりですがお酒があり重かった。
新幹線口から並んでいるのは一番遠い東口の改札を出た所で走って行きましたが、30人くらいは並んでいました。今回は全部で1000部発行、山形駅、福島駅を含め6駅発売。
係員に此処は何部ですかと聞いたら100部との答え、えぇ100部、福島は大きい駅で平均しても150ですから200以上かと思っていました。今回は1人5部まで買えます。私の列では難しいかもと言う。大半が5部買うようです。
新幹線に乗って来たのにと思いながら、最初に係員が聞いた数字は実際に買う時変わる可能性もあり、旨く行けばという事で、しょうがなく運に任せました。9時発売ですから今から山形まで行くのもと此処で待ちました。
結果は私の3人前で売り切れ終了となりました。840円のきっぷを9千円かけて来たのに残念。まさか買えないとは。新幹線組み全員買えず。
すさのおの尊が旅の途中宿を求めた時、蘇民将来が貧しい中、粟柄をもって座を設け、粟飯を供したそうです。その後再び訪れ「もし天下に悪病が流行した際には、ちがやを以って輪を作り、これを腰に付けていれば免れるだろう」と教えたと言う故事にならって行われているようです。
「水無月の夏越しの祓する人は千歳の命延ぶといふなり」と歌われてもいます。日常生活で知らず知らずに付いてしまった半年の罪穢れを茅輪をくぐり越える事によって心身を祓い清めるようです。
茅輪の中へ入り左側へ廻り、内から右側を廻り、また同じように左側を廻り正面から神殿へと向かうそうです。
先日荒川線散策で購入した「水無月」も食べるようです。小豆は悪霊払い、三角は暑気を払う氷を表しているそうです。和菓子は京都から発展していますから宮中では昔から行っていたんでしょう。
人形(ひとがた)には氏名、年齢、性別を書いてお祓いをしてもらえます。半年の穢れはこの小さな人形ではちょっと足りないかなぁ。はらいたまえ、きよめたまえ。
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