美術館・鉄道・お城・お相撲・お友達の話など趣味のブログです。
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当初は西尾城、小牧山城を巡ってその日に帰ろうかとも思っていました。青春18きっぷですから当然このコースでは一番電車で帰りは最終電車で自宅には12時過ぎに着きます。ただちょっと間違えば帰れなくなります。
そこで歳ですし今は急なゲリラ豪雨が有ったり鉄道も予定通り行かない事もあるので安全を期し名古屋で一泊しました。帰りがけにJR西焼津からバスで行く、田中城へと。本来は藤枝城と言った方が解りやすい場所にあります。バスの便は極端に無く結局タクシーで。
田中城の特徴は日本では余りない輪郭式の曲輪です。4重の堀を巡らせた同心円形をしたお城です。敷地内の中心に本丸御殿があったようです。もうひとつ、徳川家康が此処でか駿府でか鯛のてんぷらを食べて亡くなった事です。
現在は本丸にあった本丸櫓が移築されています。敷地内には村の米蔵、中間部屋と厩、元田中家の家老宅の茶室などがあります。元々は家康が鷹狩りやお茶会などに利用していた物だそうです。
櫓の内部は狭いですが畳敷きで2階は風通しも良く涼しい。2階には明治維新後の高橋泥舟が入りましたので「光風霽月楼」という扁額、田中城の全体模型などが展示しています。昔の狭い造りですから階段も急になっています。
郭内の面積は円形ですから大きくなるが攻めてくる敵に横からの攻撃が困難でこういう縄張りは珍しい。受付の人に聞いたら此処は湿地帯で湧き水も多く難攻不落の城だったようで家康も何度も攻めたが落ちず、結局和睦で手に入れたそうです。埼玉の忍城みたいな感じだったのだろうか。
初めての円形の縄張りの城でした。堀だけでも残っていれば全国の城マニアが押し寄せるだろうに。近代生活には邪魔な堀で何処でも埋め立てられ道路になったりしている。
行きはタクシーで行きましたが帰りはタクシーもなくバスは1時間に一本としょうがなく30分位掛けて西焼津駅まで戻りました。途中焼津市の有形文化財と云う大井神社の御社を特別に中に入れて戴き拝観させて戴きました。
安永9年建立の神社で、屋根には柿葺、流造りで木材は欅で沢山の彫刻で飾られています。汗びっしょりで何人かに聞きながらやっとこ駅へ。残念がら途中に郵便局は気が付きませんでした。
名古屋から豊橋で乗り換え時に何時もの新幹線口の壺屋の売店でお稲荷さんを購入していますが次の目的地吉原で昼食にしようとJR焼津から興津行きに乗り吉原駅へ向かう。
JR東海のダイヤは自分勝手の物が多い、行きで言えば熱海から早朝は島田行きになる。そのまま乗ると島田駅でずっと待ち、あとの電車は満員で座れない事が多い。島田行きはその後、熱海行きになる。行きでは島田行きも静岡で降りて座っていくか、熱海で1本外して次の静岡、浜松行きに乗っても同じ時間になる。
興津行きも此処で長い事待たされ、次の沼津行きは満員。興津で止まった電車はすぐ浜松行きになる。
今回は興津止まりを知らなかったのと時刻表を良く見ていなかった事が原因でもありますが。結局、吉原まで立っていく。
立っているので運転席を見ていた。流石JR東海の運転手、確認作業も此方まで声が聞こえる。時間通りの運行、停車位置の正確さ、凄い基本通りの動作。決して若い運転手でなくベテランの運転手。これがローカル鉄道だとこうはいかない事が多い。
そこで歳ですし今は急なゲリラ豪雨が有ったり鉄道も予定通り行かない事もあるので安全を期し名古屋で一泊しました。帰りがけにJR西焼津からバスで行く、田中城へと。本来は藤枝城と言った方が解りやすい場所にあります。バスの便は極端に無く結局タクシーで。
田中城の特徴は日本では余りない輪郭式の曲輪です。4重の堀を巡らせた同心円形をしたお城です。敷地内の中心に本丸御殿があったようです。もうひとつ、徳川家康が此処でか駿府でか鯛のてんぷらを食べて亡くなった事です。
現在は本丸にあった本丸櫓が移築されています。敷地内には村の米蔵、中間部屋と厩、元田中家の家老宅の茶室などがあります。元々は家康が鷹狩りやお茶会などに利用していた物だそうです。
櫓の内部は狭いですが畳敷きで2階は風通しも良く涼しい。2階には明治維新後の高橋泥舟が入りましたので「光風霽月楼」という扁額、田中城の全体模型などが展示しています。昔の狭い造りですから階段も急になっています。
郭内の面積は円形ですから大きくなるが攻めてくる敵に横からの攻撃が困難でこういう縄張りは珍しい。受付の人に聞いたら此処は湿地帯で湧き水も多く難攻不落の城だったようで家康も何度も攻めたが落ちず、結局和睦で手に入れたそうです。埼玉の忍城みたいな感じだったのだろうか。
初めての円形の縄張りの城でした。堀だけでも残っていれば全国の城マニアが押し寄せるだろうに。近代生活には邪魔な堀で何処でも埋め立てられ道路になったりしている。
行きはタクシーで行きましたが帰りはタクシーもなくバスは1時間に一本としょうがなく30分位掛けて西焼津駅まで戻りました。途中焼津市の有形文化財と云う大井神社の御社を特別に中に入れて戴き拝観させて戴きました。
安永9年建立の神社で、屋根には柿葺、流造りで木材は欅で沢山の彫刻で飾られています。汗びっしょりで何人かに聞きながらやっとこ駅へ。残念がら途中に郵便局は気が付きませんでした。
名古屋から豊橋で乗り換え時に何時もの新幹線口の壺屋の売店でお稲荷さんを購入していますが次の目的地吉原で昼食にしようとJR焼津から興津行きに乗り吉原駅へ向かう。
JR東海のダイヤは自分勝手の物が多い、行きで言えば熱海から早朝は島田行きになる。そのまま乗ると島田駅でずっと待ち、あとの電車は満員で座れない事が多い。島田行きはその後、熱海行きになる。行きでは島田行きも静岡で降りて座っていくか、熱海で1本外して次の静岡、浜松行きに乗っても同じ時間になる。
興津行きも此処で長い事待たされ、次の沼津行きは満員。興津で止まった電車はすぐ浜松行きになる。
今回は興津止まりを知らなかったのと時刻表を良く見ていなかった事が原因でもありますが。結局、吉原まで立っていく。
立っているので運転席を見ていた。流石JR東海の運転手、確認作業も此方まで声が聞こえる。時間通りの運行、停車位置の正確さ、凄い基本通りの動作。決して若い運転手でなくベテランの運転手。これがローカル鉄道だとこうはいかない事が多い。
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