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東京江戸博物館の常設展示では各コーナー当時は写真もなく展示の主は現物ないし縮小の模型、浮世絵、地図。書物が中心になりいたるコーナーに浮世絵が展示されています。浮世絵は今の時代(当時の江戸)の風俗を描いています。
天下泰平の江戸時代庶民文化の原動力として印刷文化が花開く。木版による印刷製版技術が進歩し、浮世絵でいえば高価な一点物の肉質画からそば一杯で買える多色摺の錦絵と呼ばれる版画、本も書写本から木版印刷により大量に安価な庶民が買える本も出版。
その本、浮世絵は「絵草紙屋」で販売されていた。当時は企画・制作・印刷・店頭販売まで全てを取り仕切っていた。版元(地本問屋)は絵入り短編小説(絵草紙)、錦絵、娯楽的な出版物を製作販売し絵本紙屋とも呼ばれた。
模型で展示されている「絵本草屋」として版元泉屋市兵衛のお店があります。泉市とも呼ばれ元々は仏教・学術書物を扱っていたが若き初代歌川豊国を起用し役者舞台之姿絵などの役者絵を刊行。その他に八百善の料理を記した江戸流行 料理通と言った本も刊行。
泉市と豊国の時期に蔦屋重三郎、蔦重から出た謎の絵師東洲斎写楽と同じ時期でもあり人気を二分したそうです。
版元はプロデューサーでもあり顔の広さ、人気絵師、作家を抱えてその時代にあった出版物を刊行したようです。
もう一つは瓦版の発行、当時の情報源でもあった。
浮世絵は大人気だったが絵師は職人で今みたいな著作権もあるわけもなくその都度賃金を貰っていて北斎、広重と言っても生活はかなり苦しかったようで広重の遺言では家を売って借金を返済しろなどと書かれていたようです。尤も江戸っ子気質で宵越しの金は持たないや弟子、居候も多くいたようですが。
久しぶりに浮世絵、滑稽本、黄表紙、瓦版など印刷文化の歴史を見て右から左へ直ぐ忘れて仕舞う私には良かった。
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