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f9f928d2.jpeg池上本門寺では10月11日~13日までお会式が盛大に行われる。13日は日蓮上人の命日にあたり宗教的に色々な行事が行われます。特に前日の夜は日蓮宗の信徒の方の団扇太鼓や鉦を叩きながらの長い行列があり万灯や提灯行列、纏いなどをふり御題目を唱えながら色々な所から本門寺を目指します。

今はこの行列も交通規制などから手前まで車で運び総門から登って行きます。毎年この12日の夜だけで30万人、35万とも言われるの人出が繰り出されます。

e9d7b68d.jpegこの池上本門寺は元々は池上家10代目宗仲が鎌倉幕府の番匠の頭を務めていた時、鎌倉出仕中、日蓮上人の説法を聞き、深く帰依し信仰を結ぶ事になりました。弘安5年10月13日旅の途中病になり宗仲の屋敷で入滅された。

宗仲は屋敷の一部を日蓮の弟子達に寄進し大坊本行寺と称しました。21代池上太郎左衛門幸広は川崎の大師河原の肥沃な地に移り先祖宗仲より伝えられた宝物、家財、家屋敷を池上本門寺に寄進、一族を連れ大師河原の開拓に着手。

そんな池上家の名前が10月21日(日)に水鳥の祭りとして出てまいります。
慶安2年(1649)5月21代幸広とその一族14名が江戸での医者・儒学者の茨木春朔とその仲間16名との間で酒飲み合戦を繰り広げたという。(仮名草子「水鳥記」に書かれています。)

幸広は酒量限りなしと言われ自らを大蛇丸底深と称し、池上家に数々の盃が伝わり最大の物は「大蛇丸寝酒の盃」次いでの盃が8代目友康が源頼朝から拝領した「蜂竜の盃」だそうです。

長々と書きましたが個人的にお会式の行列より酒の話と云う事と池上繋がりで書きました。

2254ad55.jpeg第18回水鳥(すいちょう)祭りとして大師河原での酒飲み合戦を偲び当時の扮装にして幟や瓢箪を持ちながら行列をして川崎大師、若宮八幡宮をめぐり口上を述べながら大盃でお酒を飲むという催しです。

水鳥(すいちょう)は酒がサンズイとトリから出来ているの所から付けられたようです。
 

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