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美術館・鉄道・お城・お相撲・お友達の話など趣味のブログです。
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 毎月楽しみにお邪魔している豊洲の平木浮世絵美術館は今月の「移りゆく風景」広重・清親・発巳男展の3月24日で閉館となるようです。
 
戴いたはがきには一昨年発生しました大震災では、弊館の施設も影響が生じました。その後、ららぽーと豊洲のリニューアル工事もあり、昨年急遽移転しました。豊洲において活動を続ける事が適切かどうか、移転後の施設が充分でなかったことも併せて検討した結果だそうです。
 
私は最初から何で海の前の豊洲に開いたんだろうと云った疑問もあり、移転後はもっとひどい展示施設で、大事な作品は大丈夫だろうかと思っていました。この美術館は、リッカ―創業者の平木氏の所蔵した作品の美術館で、リッカー倒産後、その後そごうに移り、そしてららぽーと豊洲へと数奇な運命をたどっています。
 
所蔵は誰もが認める素晴らしいものばかりです。今後、巡回展示、出版物の刊行事業を行うようですが、巡回展示は作品を結構痛める事が有ったりします。是非、早い時期にしっかりした場所でまた常設展示ができる様に期待しています。
 
急遽決まったんでしょう。まだ見ていませんがこの企画展示は閉館する最後の展覧会としては寂しい。これぞ平木コレクションと云う物を展示してほしかった。揃い物も沢山所蔵しているので資産価値は莫大でしょうから芸術スポンサーを早く見つけてほしい。

長い間楽しませていただきました。ありがとうございます。
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 今日は暖かく、久しぶりに散策をしようと出かける。特別予定もなく大森方面へ出た。大森駅西口の坂を大井町方面へだらだら歩く。すぐ大森貝塚、先日行った品川歴史館が出てきます。もう一度現在開催中の「江戸・明治の旅にでかけよう」展を見る。
 
同時開催で品川地区を走る鉄道会社の古い写真、スケッチなどが展示している。品川にはJR京浜東北線・山手線・埼京線・横須賀線、京急、東急大井町線・池上線・目黒線、東京モノレール、都営地下鉄浅草線、最近のりんかい線などが区内を走っています。走っているだけなら新幹線も。
 
f617fd31.jpeg古い写真などは懐かしい駅、もうない駅など竹内重雄氏のスケッチは、話だけ聞いたことのある青物横丁駅は本当に駅周辺に八百屋の市があったようです。駅合体の新馬場、以前は北馬場、南馬場駅を一つにして長いホームになり改札は両方に出来ています。北、南馬場の入場券を探したが見当たらない。
 
f71a1620.jpeg駅合体の各商店街等の妥協の結果何でしょうが旨い事を考えたもんだとしきりに感心。また現在の大森海岸駅からJR大森駅近くに明治にあった京急の大森駅を走っていた電車。当時は転車台がなくループ線で駅に入っていた名残で現在もその地割が残っている。当時は大森海岸は海水浴場で賑わっていた。(下の写真は京急110周年記念の絵はがき・現在も残る当時の敷石、イトーヨーカ堂前) 
2bc92b1d.jpega70f778b.jpeg個人の写真などしっかり昔から撮っている人が居たもんだ。最近京急が大森町から雑色まで高架になり今までの下の線路のレールを取り外しているがその写真も多くの人が撮っていた事を思い出した。
 
きっといつかそれも京急が下を走っていた事を知らない世代ばかりになる時資料になるんだろう。私などはただ懐かしいと思うだけだろう。ただのんべんだらりと生活をしている。


 
近くの平和島でもやっているがお昼から大先輩と待ち合わせの為、宮本輝原作の「草原の椅子」を見に川崎チネチッタへ。
 
佐藤浩一、西村雅彦、吉瀬美智子の3人それぞれの今までの過去を、そして新しい人生の居心地の良い、座り心地の良い定位置を求めてパキスタンのフンザへ向かう。話には親から見捨てられた4歳の子も同行。話は私の好きなハッピーエンド。
 
原作を読みましたのでフンザの絶景、広大な砂漠、7000M級の高い山など原作とは違った迫力ある映像が繰り広げられると思っていました。しかし、この自然は余りにも大きく、あの大きなスクリーンでもちょっと無理がありました。
 
宮本輝の小説ですからさりげなく現代の諸問題、親の子育て放棄、リストラ、政府の無策などが原作ではちりばめられています。宮本輝は、阪神淡路大震災で被災しその後、このフンザへ訪れているようです。
 
劇中では出ませんが原作で気になったセンテンスを。
@人情のかけらもないものはどんな理屈が通っても正義でない。
@人間も組織も生命力が弱くなると見栄とか虚栄心とか体面とかに拘るようになる。
@強きでなければ出来ない退却というものもある。強きにならなければ掲げられない白旗がある。
@何処で生まれて、どんな学校を出て、どんな仕事をしているかなんて、どうでも良い。付き合ううちに、そのような事は自ずと解ってくる。大切なのは、その人間の品性や心根であって是だけは偽りがきかない。
@人生の大事に対して結局は感情で対処した人間は所詮、それだけの人間でしかない。
 
いやいや頭の痛いセンテンスです。
長くなりましたがヨーロッパのジョークも掲載されています。
天国の国には各国それぞれの役割を担っている。政治はアメリカ、警察はドイツ、料理やファッションはフランス、イタリア。そして日本は様々な分野の下僕。
 
地獄の国は警察がイタリア、料理はイギリスとドイツ、政治は日本。
 
これも耳が痛い。ヨーロッパのジョークと言いながら実は宮本輝の創作だったり。映画の内容からずれました。個人的には良い映画だと思いますが原作の方が想像ができ色々な答えが出せます。

77ccd19d.jpeg何となく悲しさをもった青の風景、明るい静けさをもった青の世界,追憶の中の青、そして生きるための躍動の青。
 
この作家の作品には青が多い。日本人が好きな広重ブルーやフェルメールブルー、杉山寧のブルー、友人が死んだ後のピカソブルーとはまた違った青です。作品としては重い何となく暗い精神を思わせる、個人的には好きになれない絵が多い。絵からは紺碧の海、ぬけるよな青空には晴朗さを感じない。
 
それでも何か私を引きつける、迫ってくる物が有ります。最初に見たのが銀座の枝香庵という画廊でした。暫く見ていたからかオーナーからどうですかと勧められるがその時の絵はオーバーに言えば何か私を地獄へ引っ張られるのではと思う様な感じがしました。
 
c9700ed3.jpeg描かれている絵は勿論地獄ではなく窓辺に花束、全体が青の基調で私には病院の冷たい雰囲気で人が亡くなった後の追憶に感じました。それ以降、井上よう子と云う名前が頭に残っていました。
 
20db08ae.jpegこの作家は子供が3人いる50代の作家で大学の講師をしながら絵を書いているようです。人間生まれてから様々な生い立ちがありますがこの人の画集を読んだから余計そう思うのかもしれませんがただ花瓶とビー玉の絵ですが何か迫ってくる感じが有ります。
 
何点かの絵の中でまだこの絵(輝ける朝の・・・)がまだ前の絵に比べれば寂しさ、重さを感じなく、落ち着きが有り心和ませる感じがしました。死への追憶から生きるへの青に変わったような気がします。隠れ家では下では、そして目線だと、という事で壁の上部に飾っています。
3549276e.jpeg75f2d567.jpeg9587b9ce.jpeg
 
井上よう子画集から。
井上よう子氏HPhttp://www.yoko-scene.com/

 
 今日で2月が終わり3月になる。もう2ヶ月が経つのかと時の過ぎるのを早く感じます。2月は寒かったが、さて3月は少しは暖かく活動しやすくなるだろうか。明日から青春18キップも使える。
 
トレーニングと言いながら1月は7回、そして2月はもっとひどく5回しかやっていない。月初め風邪を引いた、トレーニングルームが施設改良で数日休みが有った、雨雪の天候と言い訳の種はあるが自分の為にやっているんだから言い訳しても始まらない。
 
今月も見たい美術館、博物館の展覧会は殆ど見てしまった。同じように3月も楽しみな展覧会が幾つかある。自分で描かない、いや描けない絵を偉そうに好きだ嫌いだと言いながら展示方法が悪いとか色々文句を言いながらまた見に行く自分がいる。
 
3月はママリンの誕生日と云う大イベントが有る、決して忘れてはいけない、心してお祝いをしなくては。忘れたら姫が角を出し鬼になる。忘れてはいけない。あるったけのカレンダーに印をしよう。
 
確定申告で解らない所を聞きに行って担当から「旦那さん」と言われドキッとした。もう歳だと普段から言いながら心の中ではまだ中年と思っていたのか。あの言葉は、帰ってからも笑ってしまった。
 
やかん後遺症がまだ残っている。外出してふっとガスを消したか、電気を消したかと思ってしまう。一度は外出途中から戻って確認までした。昨夜も寝ながら急に不安になり下の隠れ家のストーブを確認した。段々モウロクをしていく自分がいる。
 
「あした死ぬかもよ?」という本がベストセラーになっているようだ。何時死んでも後悔しない、何時かやれたらいい、これをやっておけばよかったは直ぐやろうと思ってみたが???
 
そんな事を思って2月が終わる。

897d5c75.jpeg昨年も同じようなニュースでブログを書いたような気がしますが市中への流通を目的とする一円硬貨が2012年、1枚も製造されなかったようです。
 
市中向けの一円硬貨が製造されないのは2年連続。五円と五十円の両硬貨も3年連続で製造が見送られた。電子マネーやICカードの普及で小額貨幣での決済が減少していることが背景にあるようです。

硬貨発行は独立行政法人造幣局(お札は国立印刷局)、12年は65万9000枚(11年は45万6000枚)の一円硬貨が製造されたが、全て販売目的の貨幣セット用だった。この貨幣セットは色々なセットが出ていますがジャパンミントセットは毎年購入していますが1セットだけの購入です。
 
94b834bf.jpeg毎年ミントセットを購入しても500円玉が変わるわけでなく中に入っている丹銅製年銘板(干支と製造年入りのメダル)が変わるだけです。硬貨分は666円ですが販売金額は1700円です。
 
各年の発行硬貨も集めているのでストックブックのその場所だけ1円、5円、50円が入らない。かと言って2セットを購入するのは無駄のような気もするし空いていれば収集したくもなる。
 
dfbdab86.jpegコレクター?としては時たま何で集めているんだと思ってしまう事もある。切手、貨幣、コイン、切符、郵便局スタンプとやたら集めてしまう。

ジャパンミントセット上が前年のセットの裏側、下が今年のセットの表側。違いは干支メダルだけ。表裏は植物などが描かれている方が表だそうです。
 
1e649d5a.jpeg8745bc53.jpeg東京五美術大学連合卒業・修了制作展で多摩美術大学、女子美術大学、東京造形大学、日本大学芸術学部、武蔵野美術大学の5つの美術大学の学部、大学院の各科の卒業制作展です。
 
六本木の国立新美術館で3月3日まで開催中です。この時期は各大学の卒業展が開催時期で先日の東京芸大に次ぐ卒業展へ。
 
若い人の作品ですから奇抜さや感覚が私が持っている観念から飛んでいる作品が多い。日本画・油絵・版画。彫刻が展示されています。沢山の作品が展示されていますから日本画・油絵を中心に見ました。
 
996b307b.jpeg534f4d40.jpegd26dbefd.jpeg多くの作品の中で私の観念、良いなぁと思ったものは女子美のコーナーが多かった。展示リストを戴いていますのでチェックした印でも大橋美舟「やすらいの場所」井村友里恵「夢夜誘い」田村佳奈子「生き生きと」花谷茜「帰宅」安高玲子「鼓動」江水千尋「Life」横山瑛子「輝く」などの作品。
 
bbda8b1b.jpeg0931531b.jpeg絵が好きで上手だった人がさらに大学、大学院で学び是から画家として生きて行く人が多く居るんでしょうが、今回だけでも大変な数の人です。さらに全国の美術大学、専門学校から巣立っていきます。
 
折角の才能も見出してくれる人がいなければ埋もれてしまいます。才能、技術もそうですが運というものもあるんでしょうが頑張ってくださいとしか言えない。是から画家として生きるのは大変だろうなぁと思いながら高層ビルの冷たい風を受けながらの帰宅でした。


国立新美術館は多くの美術館が月曜休館の中、火曜休館と言う私にとってはありがたい美術館で多くの公募展が開催しています。
96fb690e.jpeg51712e0c.jpegJR品川駅前の石榴坂を登りきった東武ホテルの裏の物流博物館で3月10日まで明治時代を中心とした運送会社等が出した「引札」を沢山展示していると云う事で初めてお邪魔しました。
 
引札の「引く」は「配る」「引きつける」という意味を持ち、多くは商店の情報を伝える文字と合わせて色鮮やかな絵柄が描かれ、商売に関するものから七福神などのおめでたいもの、当時の最新の風俗まで幅広く題材にしているようです。
 
7860fb66.jpeg52d82347.jpeg23d022a8.jpeg色鮮やかな引札が狭い会場に沢山展示されています。私は初めて名前も絵も見ました。浮世絵のよな感じで明治ですから蒸気機関車、帆船、馬などをそれも浮世絵風だったり写真風だったり発行元が運送店、米屋、粉屋、油屋、醤油工場など様々です。

此れに似たのが地方の観光案内図、鉄道の沿線案内図などがあります。これは一部私も所蔵していますが引札と言われるものは初めてで大変興味深かった。当時の広告が今では芸術品になっていますし西洋洗濯などと言った言葉を知る当時の生活の貴重な資料になっています。
 
物流博物館は高輪4丁目のホテルや企業、マンションなどが立ち並んでいます。此処は日通を母体として作られたようです。地下一階から2階まで展示や研修室、図書館などが有るようです。2階は運ぶと云う事で今は使われなくなった風呂敷の使い方等が展示されていました。
 
422fd3c0.jpeg46ebe328.jpeg風呂敷も江戸、明治では浮世絵にも描かれているように庶民が運ぶツールでした。昭和40年頃からデパートで紙袋のサービス、スーパーでのレジ袋などで今は利用する人が少なくなりました。写真展では千葉の行商の風景が風呂敷と同じように懐かしかった。相撲界も前は布団が包める大きな風呂敷が引き出物でしたが今は全く見る機会がない。
 
58beab20.jpegエコの時代に柄の豊富な風呂敷で包んで歩くのもちょっとおしゃれの時代になってきました。初めての博物館、初めての引札と楽しい時間を過ごせました。運ぶと云う事でミュージアムショップ?で紙の電車の箱のチョコレートを購入。色々な博物館が有るものだ。
 
港区高輪4-7-15 03-3280-1616 入館料200円、月曜休館。

 

99b5df1c.jpeg761e08c8.jpeg京急梅屋敷駅近くの第一京浜国道近くの梅屋敷、江戸時代は東海道の旅人に茶などを出し、道中薬和中散、土産としてわら細工等を販売し、伊藤博文など幕末の偉人などの会合場所、9度も明治天皇が行幸しお手植えの梅などがあって蒲田の梅屋敷、亀戸の梅屋敷と二分した有名な地。

b276c26b.jpeg793689b6.jpeg3000坪あったというが第一京浜、京急と挟まれ、京急高架事業で削られ、また京浜第一国道の拡幅工事も予定され、昔の何分の一になります。

31947271.jpeg広重の浮世絵にもなった地も今や数えるほどの梅の木に。それでも健気に紅白の梅が咲いています。少ないながら周りには梅の香が漂っています。

聖跡蒲田梅屋敷と云う名前にはもう恥ずかしい気がします。大田区の木に指定されていますのにちょっと寂しい、恥ずかしい。今や本門寺の梅園、平和島公園の梅林の方が多い。

昔の名残で各家庭にも多くの梅の木が植えてあり春を告げています。

 
 この所、外での飲食は昔に比べれば非常に減っています。それでもたまに昔からのお店に行くと何となく和み、わがままも言ったりして楽しんでいます。
 
今は食材も季節感が少なくなり、空豆などは11月後半から鹿児島のハウス物で戴けます。ちょっと前ビールで美味しく戴いたはずなのに、もう夏かよと贅沢な事を言いながらビールが進みます。
 
日本は南北に長く冬の素材と春の素材が一緒に、そして運輸、冷凍技術などで色々な物が季節に限らず一年中食べられようになりました。今はさんまの刺身は当たり前にスーパーまで売っていますが昔は、青物は足が速く焼いて食べるのが常でした。仙台で初めてさんまの刺身を食べた時は感動をしたものです。
 
先日も菜の花とヤリイカの煮物、早堀のタケノコの先を皮ごと焼いたタケノコ木やき。このお店は大皿にお料理を用意してあり鰆を煮てあります。それをレンジで温めますが冷めているのでニコゴリになっていますのでそのままニコゴリを多く戴き、もうお銚子は2本目。
 
焼物はギンダラの西京やき、この店のギンダラは何ともいえず大好物。箸休めにガリを小皿に特別に戴き、刺身は今日はつぶ貝、平貝とさっぱりで。お銚子も調子に乗ってまた差し替え。
 
すっかり気持ちよくお腹も一杯、寒空も感じず気分良くお帰りとなりました。こんな暢気な生活をしていて良いのかなぁ。
 
 

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