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先日山の手新宿七福神巡りをしました。今日は羽田の七福いなり巡りをしました。京急の空港線糀谷から大鳥居、穴守稲荷駅の三駅にまたがるお稲荷さんを巡る散策です。
七福いなりという珍しいものです。しかし実際は番外があったりして巡る数は9つになります。稲荷と言えば白いきつねと朱い鳥居、そして稲荷ずし。正月の運動不足解消とご利益を求め散策のコースとして出来ています。朱印のスタンプラリーも正月は開催されているようです。
自宅から糀谷まで徒歩で1時間近く掛かりました。糀谷駅からスタートです。幸先良く稲荷寿司を売る店が、これは楽しみだ。まずは駅から多摩川の土手方面に歩きますと萩中神社がありその中に合祀されている「東官守稲荷神社」があります。身体安全、海における仕事の安全を守る守護神だそうです。
萩中には寺町と言っていいように多くのお寺さんが並んでいます。20以上はあるんではと思います。江戸の時代に此方に移されたのでしょうか。立派なお寺、ちょっと寂しいお寺など時間が有れば廻りたいといつも思っています。
南下して出雲小学校の裏側に「妙法稲荷神社」招運厄除け、大洪水の被害から立ち直る為に鎮座されているようです。
そこから3分位でバス通り沿いに「重幸稲荷神社」開運長寿、五穀豊穣を願って設立。ここから土手沿いのバス通りを暫く歩き都南小学校とつばさ総合高校の間に「高山稲荷神社」が出てきます。学業成就、前社が飛騨高山の大工によって設立されたそうです。
この付近は工場跡地に団地やマンションが多く立ち並んでいます。大きなホームセンター、ショッピングセンターが建っています。すぐ土手ですから何となく郊外といった雰囲気で変わった塔は都営住宅の貯水塔、現在は運送会社等が祀る馬頭観音なども。
途中正蔵院前には羽田街道の碑があります。左 三原 東海道 左 七曲 要嶋と書かれています。説明によると旧東海道の美原通りから内川沿いに江戸時代まで「駿河屋」という(歌舞伎で出てくる白井権八に声をかける幡隋院長治衛、『お若いのお待ちなせい』の提灯が駿河屋)この跡地が現在、するがや通りと言います。厳正寺、三輪厳島神社、新呑川の末広橋を渡り大鳥居商店街に至り産業道路に出てこの正蔵院を通って弁天橋に至る5Kを羽田道と云うようです。
産業道路下に羽田神社があります。この神社は羽田の氏神様で此処の神輿の担ぎ方は「ヨコタ」という独特なもので7月のお祭り(羽田まつり)は良くテレビで放送されます。担ぎ手3000人、見学者3万人と言われています。氏子には羽田空港があり全日空、日航などの客室乗務員が飲み物サービス、団扇などをボランティアで配布もあるようです。
今までが小さいやしろですがこの神社は立派です。境内の中には鈴納稲荷神社、増田稲荷神社、日枝神社、羽田稲荷社がありその他にこの神社が兼務する神社は今回廻っている稲荷神社の大半がこの神社が統括しています。近隣神社14社を兼務社としています。
文久元年(1861)に疱瘡(天然痘)が蔓延、時の将軍徳川家定が病気平癒祈願に参詣し治癒した故事により疱瘡神よるもとし崇め祀ったものから「疱瘡除祈願御礼の碑」があったりし江戸時代は徳川家、島津家、藤堂家により厚く信仰されてきたようです。また運行安全、航空安全の他に病気平癒、身体安全も祈願されてきます。大田区唯一の富士塚もあります。(続く)
(小さい写真はクリックすれば大きくなります。)
七福いなりという珍しいものです。しかし実際は番外があったりして巡る数は9つになります。稲荷と言えば白いきつねと朱い鳥居、そして稲荷ずし。正月の運動不足解消とご利益を求め散策のコースとして出来ています。朱印のスタンプラリーも正月は開催されているようです。
自宅から糀谷まで徒歩で1時間近く掛かりました。糀谷駅からスタートです。幸先良く稲荷寿司を売る店が、これは楽しみだ。まずは駅から多摩川の土手方面に歩きますと萩中神社がありその中に合祀されている「東官守稲荷神社」があります。身体安全、海における仕事の安全を守る守護神だそうです。
萩中には寺町と言っていいように多くのお寺さんが並んでいます。20以上はあるんではと思います。江戸の時代に此方に移されたのでしょうか。立派なお寺、ちょっと寂しいお寺など時間が有れば廻りたいといつも思っています。
南下して出雲小学校の裏側に「妙法稲荷神社」招運厄除け、大洪水の被害から立ち直る為に鎮座されているようです。
そこから3分位でバス通り沿いに「重幸稲荷神社」開運長寿、五穀豊穣を願って設立。ここから土手沿いのバス通りを暫く歩き都南小学校とつばさ総合高校の間に「高山稲荷神社」が出てきます。学業成就、前社が飛騨高山の大工によって設立されたそうです。
この付近は工場跡地に団地やマンションが多く立ち並んでいます。大きなホームセンター、ショッピングセンターが建っています。すぐ土手ですから何となく郊外といった雰囲気で変わった塔は都営住宅の貯水塔、現在は運送会社等が祀る馬頭観音なども。
途中正蔵院前には羽田街道の碑があります。左 三原 東海道 左 七曲 要嶋と書かれています。説明によると旧東海道の美原通りから内川沿いに江戸時代まで「駿河屋」という(歌舞伎で出てくる白井権八に声をかける幡隋院長治衛、『お若いのお待ちなせい』の提灯が駿河屋)この跡地が現在、するがや通りと言います。厳正寺、三輪厳島神社、新呑川の末広橋を渡り大鳥居商店街に至り産業道路に出てこの正蔵院を通って弁天橋に至る5Kを羽田道と云うようです。
産業道路下に羽田神社があります。この神社は羽田の氏神様で此処の神輿の担ぎ方は「ヨコタ」という独特なもので7月のお祭り(羽田まつり)は良くテレビで放送されます。担ぎ手3000人、見学者3万人と言われています。氏子には羽田空港があり全日空、日航などの客室乗務員が飲み物サービス、団扇などをボランティアで配布もあるようです。
今までが小さいやしろですがこの神社は立派です。境内の中には鈴納稲荷神社、増田稲荷神社、日枝神社、羽田稲荷社がありその他にこの神社が兼務する神社は今回廻っている稲荷神社の大半がこの神社が統括しています。近隣神社14社を兼務社としています。
文久元年(1861)に疱瘡(天然痘)が蔓延、時の将軍徳川家定が病気平癒祈願に参詣し治癒した故事により疱瘡神よるもとし崇め祀ったものから「疱瘡除祈願御礼の碑」があったりし江戸時代は徳川家、島津家、藤堂家により厚く信仰されてきたようです。また運行安全、航空安全の他に病気平癒、身体安全も祈願されてきます。大田区唯一の富士塚もあります。(続く)
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