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好きな作家さんの個展が月末にあり当然いけないのですが画廊からパソコンへ出展作品を送って戴きもし良ければデーターを見に来ませんかという事でお邪魔。
もしオープン後に買い手がなければ購入という事でお願いしてきました。若手の作家ですが昔の谷口六郎さんのようなタッチの絵です。3,4点持っていますが今回も新聞連載の挿絵の原画で列車や電車の絵もあり幾つかお願いしてあります。
東芝ビルの跡地も大分立ち上がってきました。またニュー東京が入っていたビルも下から足場が立ち上がってきました。此方も解体後再開発になるようです。
暫く行かないと至る所で再開発が始まっています。多くの人出で表通りはまともに歩けないほどです。
恒例になってきている朗読会、今月は第二金曜日に変更になっていて先週はトレーニング、昼食と時間調整をしながら会場に向かうも残念ながら第二週だった。
思い込みが段々激しくなり戴いた予定表を見ればいいのに朗読会は第一週金曜日と思い込んでいる。会場も抽選などもありそう毎回取れない事も解っていながらです。
今回は藤沢周平作「橋ものがたり」この本は以前読んでいたので話の内容は朗読を聞きながら思い出した。
身寄りなく博打うちに育てられ此処にいると嫁にいけないと18歳で小料理屋へ出され大店に見初められおかみになるが博打うちの娘とは内緒にしていたが幸せな日々を送っていた。
手代が旦那は妾を作っていると囁いてきた。・・・・
日々の幸せ、女の打算、育ての親の借金など短い話だが男の度量ともう二度と渡って来てはいけないと言う橋を振り返りながら過去も捨てていく。短い1時間の朗読会でしたが中々面白い内容です。来月は第一金曜日5月1日14時30分から。
遠目から見るとファミリーマートかと思ったが何となく違うような感じです。店名の看板を見ると何故か「こんびに」と書かれています。
コンビニの店名がこんびに?
此れはJR身延線の身延駅近くのお店でした。中国の偽物をテレビで良く見ますが地方へ行けばまだこの様な物が目につきます。
駅名 はだかじま
駅名は難読の駅名が良くありますが、「はだかじま」と言うアナウンスで「えぇ・・」此処はみんな裸なのか、ヌーディストアイランドかと思ってしまいます。
漢字で波高島、此処は山の中の身延線の駅です。どうして島が付くのか。周りには富士川があるが当然海は無く、此処は山があっても海なし県。正式名は「波高島駅」
散策をしたり旅に出たりするとこういう面白い変わった物が目につきます。これも旅の楽しみでもあります。
予定より2時間近く遅れて身延駅から甲府駅へ向かいます。車窓はまだ桜は満開状態も多くこの周辺は色々な桜も多く彩が楽しめます。
甲府駅では武田神社、信玄公像、甲府城位しか今回は時間的に行けず武田神社はまたバスの時間に間に合わず諦め、駅前の信玄公像、大分整備された甲府城を見学。個人的にはミレーの山梨美術館も良いのだが全部時間が押してしまった。
以前は櫓は無かったが今回復元された稲荷櫓(隅櫓)の中も見学できました。また鉄門(くろがねもん)などは今回は時間の関係上パス。天守台も登らず下から見学と慌ただしくお土産を買って帰宅の途に。
中央線車窓は満開の桜や桃の花など桃源郷らしさを満喫。この時期のこの路線はずっと見ていても飽きない素晴らしさです。
中央線も最近はロングシートが多くなってきましたが今回はセミクロスシートに乗れ駅弁とビールなどで反省会をして高尾で快速に乗り神田で降り乗り換えて京浜東北線で帰宅。
今回は東海道線、身延線、中央線、京浜東北線を使いぐるっと一筆書きの旅になりました。
3月の始め40年以上の付き合いの友人から花見をしながら一杯飲めて列車に乗れる旅をしようと言われていて彼の休み4月7日は決まっていました。
行先は身延線全線走破で途中日蓮宗の大本山久遠寺があり数百年の枝垂れサクラが有名との事。そして甲府で一杯飲んで中央線で帰宅と言ったコースを設定しました。
私は以前に身延線全線走破はやっていますが身延山久遠寺は初めてでした。当日は小雨模様のあいにくの雨で前日に比べ気温も10度くらい低いようです。
身延線は東海道線富士駅から北へ富士川に沿ってあがり甲府を結ぶ路線。営業距離88.4K、駅数39で焼きそばで有名になった富士宮、下部温泉などがあります。
6時40分川崎駅待ち合わせをして普通グリーンでのんびり朝食をとりながら車窓の桜などを楽しみ富士駅へ。此処から身延線へ中間地点が身延駅、相変わらず雨がやまない。バスで参道商店街まで。
商店街を抜けると仁王門が迎えてくれる総門は商店街の先でバスで通過していた。仁王門脇には大きな枝垂れサクラが迎えてくれます。この辺りと言うより身延駅周辺、お寺周辺は枝垂れサクラが一杯です。
宗教心のない二人ですから本堂で参拝して枝垂れサクラを見ればいい程度で山門をくぐるとその前には「菩提悌」と呼ばれる本堂までの長い石段。その数287段が真っ直ぐ極端に言うと直角近くに伸びています。石のの高さも本格的なお城の石段のようなかなり高い。
雨が降っていますので滑ってはとはぁはぁ言いながら登ります。気温が低いなんて関係なくシャツはびっしょり。私達より年上の方々も登っています。信仰心は凄い、このような階段は初めてです。普段城へ攻め入るために年寄りトレーニングをしていますがその効果は全く感じない。情けない。
何とか登り切り本堂を参拝して桜を見る。残念ながら散り際でこの雨でもう明日辺りは完全に散ってしまうと言った状態ですが中々大きくきれいな枝垂れサクラです。
本来は本堂裏からロープウェーが出ていて奥の院に行けますがこの雨で霞んでいますから景色は見られないだろうとまた石段を下りる。帰りは上りの半分くらいの時間でしたが足はガクガク、明後日辺りは筋肉痛になるだろう。
池上本門寺と同じように思っていたのが失敗で1時間半取っていれば大丈夫だと思ったのが2時間近く掛かりバスも乗れず、接続の列車も1時間に一本で乗れずとしょっぱなから予定は狂う。
余裕があれば石段を囲む杉並木のすがすがしい空気を吸って立派な本堂に感激するはずですが今回は全くそんな余裕はなかった。
二人ともほうとう鍋はパスした昼食を戴い甲府へ向かう。(続)
石川県金沢市の中橋駅から大野港駅までを結んでいた路線。明治30年金石馬車鉄道として発足。貨物がメインで昭和46年まで運行していたが北陸鉄道の合理化、交通渋滞解消などにより廃止。
営業距離7.5K、全線単線電化、駅数10
列車の旅は多くの人が好きなようです。そして鉄道はブームにもなっています。テレビでもローカル線を取り上げている。
旅の目的はそれぞれ違います。京都の観光が目的なら限られた日程の中でいろいろ観光、体験したい為、新幹線でひとっ跳びで京都を満喫も。
私のように色々な車両にも車窓も楽しみたい人も居ます。そしてお陰様で日程は自由に組める生活で乗換乗換しながら気ままに途中、煙草休憩、お城見学をしながら最終目的地に向かう旅をします。
テレビのローカル線の旅や絶景の旅などを見てあぁ良い景色だなぁと思って行くととんでもないことになります。テレビですから列車に沿って車で別のカメラが映したり、個人では行けない山の上から映し出したり、駅からかなり離れた絶景を映したりしています。撮影には何日か掛けて1番の良い所を映し出します。
宿泊を中心としない旅番組は多くは在来線で移動しています。しかし新幹線のようなトンネルは多くないけど車窓から見えるのは一瞬で車窓からはそうそう絶景は無いのが現実。
宿泊をしているように映しますが場合によっては入浴シーンと夕食・朝食を一緒に撮ったりしています。1泊の旅でも実際スタッフは何日間か撮っています。(宿屋のおやじをやっていた時の体験)
余り裏の話を書いても。それでも在来線の乗り継ぎは面白い事が多い。
私の場合一人旅と友人との旅がありますがそれぞれ目的も違います。一人旅は大まかな旅程だけで行きますが友人と行く場合はしっかり旅程を組んで向かいます。
普段仕事で新幹線を使っている友人は何でこんなに時間が掛かり、乗り換えをしなくてはならないのか、揚句はこんなに早く出るのかと言います。帰りの車中で豊川稲荷は行ったことがないという事で見学し豊橋駅から新幹線こだまに乗ったら何でこだまなんだとくる、豊橋はこだましか停まらないのに。
彼の場合は普段は仕事であって旅は非日常なもの、出張で行ったよ、と言われても所詮それはその駅を降りただけで仕事をしに行ったのでそれは旅とは言わない事が解らない。
そんな彼も伊勢へ向かう途中袋井で下車し有名な朝らーめんを戴いたりするとお腹も一杯になり(基本は2杯)こういう旅も良いなぁとなる。
在来線普通が良いと言っても当然新幹線、特急も旅の行程上ショートカットする為乗り込みます。そして東海道新幹線は車窓は期待しないがタバコが吸え私も満足。
乗っていれば満足する私ですが在来線でのロングシートは折角の駅弁が戴けなかったりラッシュにぶつかり座れなかったり長い時間、特急の待ち合わせにあったりと不都合はありますがそれも現代の旅なんだと楽しんでいます。
4月4日、5日池上本門寺では春祭りが行われています。4日は五重塔祭り、5日はお釈迦様のお誕生を祝う花祭りです。
10時から年に一度の五重塔の御開帳があり五重塔のお守りを頒布(千円)、1時からは平和祈願で纏を先頭に鳶職の木遣り、お坊様の法要が。大堂では甘茶の配布、お釈迦様へ甘茶をかける像も。久々に戴きましたがほんのり甘い。
ママリンの話では五重塔は二代将軍秀忠の乳母正心院の発願により造立、関東で最も古い五重塔で一階の四面には十二支が彫られているようです。「五重塔」で有名な作家幸田露伴のお墓もそばにあります。
五重塔の下の広場ではフリーマーケットや観光協会のブースなど。仁王門と大堂の間では野点、霊寶殿では本門寺ゆかりの狩野派展が開催中(300円)。境内には狩野永徳の次男狩野孝信そして孝信の長男狩野探幽などの墓もあります。大堂前では池上太鼓の演奏も。
櫻は満開の木、桜吹雪の散り際の木、もう葉が出ている木と同じような位置にありながら育ちが違うのはいつも不思議に思います。大田区は本門寺に限らず梅と桜の木が多い。
曇り空でも多くの人が出て最後のお花見を楽しんでいます。今日はママリンと一緒に散策を楽しみました。
明治31年石川県山中駅から大聖寺駅を結んでいた路線で地元温泉旅館経営者が設立した馬車鉄道。山中電気軌道を経て大正時代に温泉軌道に譲渡される。
戦中昭和18年鉄道統合令により北陸鉄道山中線になる。動橋線、粟津線、連絡線、片山津線とともに河南線と総称された。営業距離8.9K、駅数11、全線単線電化。昭和46年全線廃止に。
明治44年石川県小松市の粟津温泉駅と新粟津駅を結んでいた路線で地元の温泉宿経営者によって設立。
昭和18年統合令により北陸鉄道粟津線になり昭和37年に国道8号線の拡張工事を理由に全線廃止。営業距離3.4k、駅数4、全線電化。
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