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この二つの路線は元々は別の会社線で上久留米線は九州電気軌道から西日本鉄道に社名変更、大川線は明治の大川軌道から九州軌道に吸収され後に西日本鉄道に。その為この二つは同一路線だった時もある。昭和41年廃止。
大川線は大善寺から西鉄大川、上久留米線は上久留米から津福、大善寺までとなっていた。旅客、城島での酒、大川の家具などを輸送していた。廃止理由が筑後川河川改修工事の障害になるという事。
大川線13駅、上久留米線3駅、全線単線非電化、営業距離16K.
相撲仲間で社長業の傍らボランティアで東京の小学生と新潟の小学生を合同にして隔年おきに訪ねる?交歓会をしている会の幹事のMさんから両国で子供が食べる団体食堂を紹介して欲しいとの事。
両国より上野の方が国立科学博物館、東京国立博物館の常設展が無料だし食事処も多いのでお勧めしたんですが何故か両国に江戸東京博物館は以前見たと言うし部屋の朝稽古は8月は合宿等で見られない。
両国駅前の居酒屋チェーン店のはなの舞は各部屋の千秋楽打ち上げを2つも出来る広さで中に土俵もあるのでお勧めした。団体ランチはちゃんこ鍋に小付けなどがついて1000円程度からあるようです。一般用は通常ワンコインからあります。
日曜日は閉館ですが国技館内の相撲博物館は無料、近くの回向院などを見て回りました。本来は相撲部屋の朝稽古を見て此処でランチが子供達には思い出になったんでしょうが日曜日にいないのでは。
そんな事で昨日に続いて両国へ来た。千秋楽後の1週間は力士もお休みで幟も片づけられ昨日の喧騒に比べ静かな平日でした。
日馬富士が横綱の意地と兄弟子としての意地で白鵬を破り、先場所のリベンジをして照ノ富士の初優勝で幕を閉じた。新入幕から8場所目の優勝で、新三役2場所で大関になると言うスピード出世を手に入れそう。
此れからは白鵬、照ノ富士、逸ノ城のモンゴル三人が相撲界を引っ張っていくのだろうか。1月、3月、5月と連日大入り満員が続いて本格的に相撲人気が復活してきた。
この人気を続けるにはやはり日本人力士の活躍は必要で稀勢の里が未だ有力だが続く若い力が出てこなくては。十両に期待できる若い力士がいるが怪我なく早く上がってきてほしいものです。
高砂部屋は十両3枚目朝赤龍7-7で千秋楽を迎えたが残念ながら負け越し、幕内復帰を逃した。1枚の負け越しですから名古屋での活躍を期待しよう。
自己最高位幕下7枚目朝弁慶が4-3の勝ち越しだが最後の一番に勝ってればと、勝負にタラレバは意味ないが少し残念。名古屋場所に一気に決めて夏の平塚合宿では関取として錦を飾ってほしい。
今回のちゃんこは豚味噌つみれ入れ、会場の熱気と相まって汗が噴き出るが旨い。
3月に入門した3人中2人、朝森本5-2、朝山端6-1と好成績。そして今場所1人入門と若い人が入り部屋に活気が出て此れから楽しみだ。
15室では江戸城とその鬼門にあたる寛永寺展です。頻発する火災により江戸城の変貌、彰義隊などの戦いで多くを焼失した寛永寺、その跡地には上野公園が作られました。
幕末から明治維新に撮影された写真や江戸城本丸建築金物絵本、松の廊下障壁画の下絵、上野公園での河鍋暁斎筆の内国勧業博覧会之図、三代広重の内国博覧会会場図、周延の東京不忍大競馬之図などの浮世絵も展示されています。
18室の近代美術では先月に続いた作品以外に横山大観の2幅、下村観山の秀吉、秀頼之図、前田青邨の維盛高野の巻物など。
13室では自在置物が展示されています。平和な世の中になり甲冑師、刀鍛冶などの技術を生かした精密な自在置き物。手に取れないが一つ一つの動きがある芸術品
5月12日~6月7日まで本館10室では礒田湖龍斎の雛形若菜の初模様・旭丸屋のはやま、丁字屋内唐
二十四孝童子鑑・唐夫人など、勝川春草の読書手習美人図、豊広、豊国両画十二候・五月、鈴木春信の見立伊勢物語(八つ橋)など5月らしい絵を展示しています。
東京芸大のダブルインパクトでボストン美術館の浮世絵を見てしまったので博物館の浮世絵の質の問題などかなりの差を感じてしまった。
那覇には17日の日曜日に到着しましたがその日は名護での集会で3万人以上が集まった大規模反対集会がありました。しかしホテル周辺は何事もない普段通りに米兵はナイトライフを楽しんでいます。
19年前世界一危険な普天間を返還して辺野古移設を当時の知事、市長の了承を取り付けるもその後の民主党の県外移設を信じその後鳩山氏が撤回しても沖縄に多くの犠牲を強いて基地が存在し、今の沖縄には米軍は要らない機運が高まっています。
体制批判がジャーナリズムと勘違いしたマスコミが煽り国防は別に考えろ、沖縄は戦争時も多くの犠牲をだし未だ早朝からの爆音にさらされて米兵の横暴に、オスプレイの恐怖にさらされている日々と沖縄だけが日本から見放されていると煽っている。
辺野古に移れば今より安全が確保されるがそのような対処療法でなく根本療法を訴えている。詭弁でサンゴが壊れると言っているが那覇空港も拡張工事で沖合に埋め立て工事をやっているが此れはマスコミは何処も問題にしない。
不思議だったのがホテルで南部戦跡のドライブマップを貰おうとしたら若いスタッフは「南部戦跡?」となり、暫くして戴いた観光ガイド本には南部戦跡のコーナーがない。本土からの観光客、沖縄の若い人にはそこは全く興味がない所のように感じた。
返還後に北谷に東京のお台場みたいな施設が出来、そこに米軍も近くにありリゾート風アメリカ村に米兵も居て異国情緒もあり成功事例ですが他の返還施設はイオンなどの大きなショッピングモールが出来ているが成功とはどうしても言えそうもない。
観光で沖縄は生活できる、米軍での雇用は要らないと言っているが本土からの観光客は青い海だけなら沖縄旅行より安いグァムやサイパンに行った方がリゾートと異国情緒が楽しめる。
北谷だって米兵がいなければ台場の方が良いかも知れない。人工浜辺のアラハビーチ、サンセットビーチは綺麗だが八重山方面の自然の方が綺麗だし昔の沖縄が残っている。
米軍撤退に対し補助金も無くなり中国人観光客に対する施策、本土からの観光客への半免税施設も無くなり米兵も居なくなり異国情緒も無くなれば観光客も減少するのでは。
米軍が去った東南アジアは中国の横暴が目立つ、そして日本の国防の不安だけが残ってしまうと思うのだが。
マスコミは飽きたのか報道をしないが空域ではスクランブル発進が増え、尖閣にはいまだ越境している中国の艦船が多いとの事です。
私にとっての沖縄はサンゴ礁と青い海のリゾートと今問題になっている米軍が駐留して至る所に外国人がいたりする異国情緒がある観光地といった感じかも。
友人三人と一緒で北谷滞在は6年ぶり、今回は友人の別荘でなく昨年オープンした北谷ヒルトンに2泊、のんびりリゾートライフを満喫しました。只ひとつこのホテルは全館禁煙で灰皿は外。
観光は30年前ぐらいに一緒に来た友人の為に2日目に南部のひめゆりの塔、平和祈念公園、祭場御嶽(せーふぁうたき)程度を観光し南部の海岸線をドライブして首里城を見学した。途中の南城市奥武島の中本鮮魚店のてんぷらは安くて出来たてで美味しかった。此処は車がないと来られない。
夜は沖縄創作料理居酒屋、近くの米兵が多く出入りするバーなどで普段に比べると毎夜遅くまで飲んだ。サンデー毎日の生活乍ら此処でものんびり過ごせホテルライフを楽しめました。
帰りはゆいレール初めての友人と時間の都合上日本最西端の那覇空港駅から隣の赤嶺の日本最南端駅まで乗車。土産を買ってあっという間の三日間でした。飛行機はJクラスだったので足もぶつからず最初に降りられた。
ウルトラマンがヒーロでなく対戦した怪獣たちをメインにしたお店のようです。川崎の東口駅前のビル地下でその隣のお店でかみさんと食事して帰る時に大勢の人が並んでいるので気が付いた。
メニューなどが怪獣にちなんだもののようで注文もカラータイマーが用意されているようです。円谷フアン、ウルトラマンフアン、怪獣フアンにとってはワンダーランドのようです。
道案内電柱看板―どっちに行けば?
神田を歩いていて藪そばの道案内看板があった。この先を左にと書いてあるが矢印は右に。
正解は右へ曲がればすぐですが文字を見てしまうと反対に行ってしまう。この看板の真後ろの電柱にも貼ってあるが此方は合っている。
島原鉄道は現在も長崎の諫早駅から島原外港駅まで43.2Kを運行しているローカル線です。平成20年までは島原外港駅から加津佐駅まで78.5Kを島原半島を南側までぐるっと走っていた。
明治41年島原鉄道が設立、その後雲仙鉄道、口之津鉄道を吸収合併。諫早~南島原を北目線、南島原~加津佐までを南目線と呼ばれていた。南目線が赤字の大半を占め結局平成20年に部分廃止となった。廃止35.3K、駅数20駅。
廃止切符は6並びの8駅しか持っていない。ただこの会社の切符はゴム印での駅名で以前の手書きの切符以外ではこの会社の入場券だけしか私は持っていない。
南にはまだ行ったことのない原城址、此れから観光名所になるだろうキリシタン墓碑などが多くある。
黄色い車両で単行、2両の気動車でワンマン走行、単線で黄色、途中駅の目出度い駅名などからハッピートレインとして頑張っているが雲仙普賢岳噴火災害を受け休止し長崎県、地元市町などから資本援助を受けているがれっきとした民鉄。バス、船舶などの事業も。現在は43.2K、駅数24.
東京芸大の館蔵、ボストン美術館の館蔵と2つの美術館から見た開国、明治維新後の日本が受けた西洋の影響そしてフェノロサ、ピゲローなど西洋人が受けた衝撃を西洋と日本と言う二つの視点から「明治ニッポンの美」に迫る展覧会。
前半はピゲローが収集したボストン美術館の浮世絵が展示されていますが今回の展示浮世絵は横浜絵などが中心ですが今、摺り出したというような上質の浮世絵です。ピゲローは浮世絵34000点、肉質画、日本画4000点以上を収集しボストン美術館に寄贈、それがボストン美術館の浮世絵収蔵の中心になっています。
何度かボストン美術館の浮世絵展を日本で開催して見に行っていますが毎回綺麗な上質の保存された作品に驚く。残念ながら日本での収集では旧平木浮世絵美術館所蔵を超えているような気がする。
幕末明治の画家高橋由一、五姓田義松から黒田清輝、久米桂一郎、その弟子の岡田三郎助、藤島武二までの絵画が出展。140点を超える展示は途中から付けれ出す迫力があります。
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