美術館・鉄道・お城・お相撲・お友達の話など趣味のブログです。
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まずなぜ東京駅(当時は中央停車場)を作ろうと思ったのか?
明治政府は不平等条約を解消したかった。本当かどうか定かではないが条約はお互い対等な文明があって成り立つ。まだ未文明ではないかと言われ文明国にするにはと云う事で鉄道と鹿鳴館(跡地現帝国ホテル)となったようです。
新橋、上野を繋ぎ列島縦断の鉄道網と云う事で本来内務省の管轄が外務省の管轄でドイツのH、ルムシュテル、f、バルツァーに依頼。線路は出来たが駅舎は設計だけで帰国となってしました。
ヨーロッパでは中央駅は終着駅、始発駅となっていて縦に出発します。日本では通過列車が有ったり線路は横になります。パリでは一つの駅内で乗り換えは出来ません。
辰野金吾はこの長い駅舎を苦労して設計したようです。当初は予算上2階建しかできなかったが日露戦争の勝利により駅の広場で凱旋勝利報告をすることになり予算は関係なくなり3階建て鉄骨煉瓦つくりになります。
東京駅は江戸時代は海で埋め立てて出来た場所で地盤は弱い、今回の工事で地下には松の杭が1万本入っていた。これで関東大震災も耐えたようです。取り出した杭はまだ立派に役目を果たしていて朽ちてはいなかったそうです。先達の知恵は凄い。
3階部分はなるべく残っている素材、写真を利用して忠実に復原を目指したようです。屋根のスレートは元々宮城県石巻市産で今回の震災で流されたり泥をかぶったりした残ったものを使用。厚さ5ミリ、縦横30センチ。45万枚使用。足りない部分はスペイン産。
今回は1,2階は保存、3,4階はドーム、屋根も開業時に復原、松の杭を取り除き免震工事を施し完成しました。
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